F1ドライバーの魅力的な“言葉”=赤井邦彦の「エフワン見聞録」第23回

赤井邦彦/AUTOSPORTweb

低くなった世界との“壁”

F1に参戦していた片山右京。型にはまらない自らの言葉で語り、日本人のみならず、海外のメディアやファンにも愛された 【LAT Photographic】

 日本から海外へ若いスポーツ選手がどんどん出て行っている。かつてはこの現象を海外流出とか呼んでいたが、今や当たり前になってしまい、そんな言葉はどこかへ消えてしまった。

 スポーツ選手が海外へ出て行く理由はいくつかある。まず、その選手が戦っているスポーツが頂点に世界選手権などを頂くグローバルなスポーツであり、そのレベルに達した人はそこへ行くのが当然という場合。次に、そのスポーツが誕生した国や地域を中心に行われ、世界的に高い価値を備えている場合。前者はモータースポーツ、スキーやスケートといったウインタースポーツなど、後者はMLB(野球)やPGA(ゴルフ)といったアメリカ中心のスポーツや、サッカーといったヨーロッパ中心のスポーツなどだろう。

 スポーツは世界をつなぐというが、若いスポーツ選手が高い頂を目指して世界へ出て行く姿を見ることは、素晴らしいの一語に尽きる。こうした世界の舞台に進めることは、本人の才能、支援する人の力、家族の理解、経済的な余裕……それらすべてがそろって初めて可能になる。そのことは世界に出て行く(送り出される)本人が一番よく分かっているはずだ。「支援、応援してくれる人たちに感謝している」という彼らの言葉にうそはない。

コミュニケーション能力の重要性

 では、こうした環境に恵まれて自国を飛び出したスポーツ選手、彼らがより必要とするものは何だろう? それは言わずもがな、コミュニケーション能力だ。そして、コミュニケーション能力の核になるのは、やはり言葉だろう。私はモータースポーツ以外の世界をあまり知らないから、モータースポーツの世界に限定して言えば、F1クラスのドライバーであってもメディアの前でしゃべるとき、深い内容を自分の言葉で語ることのできるドライバーは非常に少ない。彼らが日常生活や技術者たちとのミーティングでどこまで本音を外国語(おおよそ英語)でしゃべっているのか知らないけれど、いざマイクロフォンを向けられると、彼らの口をついて出るのはありきたりの言葉ばかり。それも、誰かの言ったことを覚えておいて同じようなことを言う。ここ最近のドライバーたちの口癖はobviously(「当然だが」という意味)だ。共同会見などではひとりのドライバーが使うと、その後誰もが同じように使う。

 言葉を覚える最良の方法は誰かの言い方をまねすることだと言うからそれでも良いのだが、前置詞や形容詞までまねする必要はない。毎回、多くのドライバーから同じような言葉を聞かされるわれわれメディアはうんざりだ(ドライバーも、毎回メディアから同じ質問ばかりされるのでウンザリしているだろうけど)。英語を母国語としないドライバーたちは、実際にはそういう言葉を日常生活では使っておらず、メディアにマイクを向けられた時だけに使う言葉だと頭に擦り込まれている、と邪推さえしたくなる。これでは真意はメディアに伝わらないばかりか、誤解さえ生むだろう。

自分の言葉で語る力

 もちろん、全員が全員そうだとは言わない。中にはしっかりと自分の言葉で語るドライバーもいるし、実際にいた。片山右京がその代表だ。彼は真剣なときも、メディアを笑わせようとするときも、必ず自分の言葉を探して語った。やけどして耳を失ったニキ・ラウダを蛇だなんていう失敗を犯したりもしたが、ラウダ本人はもとより、誰からも信頼され好かれたのは、自分の考えを自分の言葉で語ったからだ。

 スポーツは政治や経済より力強く世界中を駆け巡り、国と国の間にあった壁はどんどん低くなっていく。その原動力は若いスポーツ選手だろう。しかし、世界へ飛び出して行くことで自分を見失わないでほしい。相手の言うことを聞く力を付け、自分の言葉で語る力を付けてほしい。ファンは競技の勝ち負けだけを見ているだけではない。あなたのすべてを見ている。

<了>

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著者プロフィール

赤井邦彦:世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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