フィギュア勝敗のカギ 「振付師」ってどんな仕事?

野口美恵

選曲も大事な仕事

選手の振り付けはどのように決めるのか!? フィギュアスケート特有の職業であり、勝敗のカギを握る「振付師」の仕事を紹介! 【写真は共同】

 選手の名演技を支えるサポート役として、コーチ以上に重要なのが振付師だ。この「振付師」という言葉。他のスポーツには登場しない役割のため、実際にはどんな職業なのか分かりにくいかも知れない。振付師と選手の関係を紹介する。

 選手にとって、その1年のモチベーションにもなるのが選曲だ。特に五輪シーズンとなると勝負曲を選びたい。選手が決める場合もあれば、振付師が推薦する場合もある。町田樹(関西大)は「『エデンの東』の英語版を読み込み、プログラムの構想に2年かけた」といい、今季のショートプログラムの曲を自ら選曲した。鈴木明子(邦和スポーツランド)も「お世話になった長久保裕コーチが好きなシャンソン『愛の讃歌』を五輪で」と言って、自分で曲を決めた。

 一方で高橋大輔(関西大)は、「選曲は振付師さんにお任せする。自分よりも周りの人の方が、僕のことを客観的に見てくれているから。振付師の方が『こんな高橋大輔を見たい』っていうものを演じたい」というタイプで、振付師に曲選びを任せ、2〜3曲の候補の中から決める。フリースタイルの『ビートルズメドレー』は、「自分だったらこんなボーカル無しの音源があるなんて知らなかったし、頼んだからこそ出会えた曲」といい、気に入っているという。浅田真央(中京大)もタチアナ・タラソワコーチがラフマニノフの『ピアノ協奏曲』とワルツの2曲を選んできた中から、ラフマニノフを選んだ。

芸術的才能と頭脳が必要

 選曲が終われば、振り付けを始める。選手はオフシーズンになったら、すぐ新曲を作って練習を始めたいが、人気の振付師はいつも予約がいっぱいで4〜8月まではひっきりなしに振り付けをしている。完成までに要する時間は、たいてい3日〜1週間程度。ジャンプ、スピンは選手の技術レベルに応じて練習していく部分なので、振付師がメインとして作るのは、ステップシークエンス、コレオシークエンスと、技のつなぎの部分の滑りだ。特にシークエンス2つは、プログラムの見せ場ともなるので、曲想に合った独創的な動きを入れることが多い。振付師にとっては芸術的才能の見せどころだ。

 一方で、今の採点方式では、ステップで最高の「レベル4」を獲得するためには、「複雑なターンやステップを入れて上半身の動きも織り交ぜる」など条件がある。振付師は単なる芸術家ではなく、最新のルールと採点傾向にキャッチアップしていく頭脳派であることも求められる。

 それぞれ人気の振付師ごとに特徴がある。浅田真央や高橋大輔を振り付けるローリー・ニコルは、いま最も人気の高いカナダ人女性。クラシックにとらわれず、ポップ、ジャズ、ヒーリングミュージックなど多彩な曲を使い、コンテンポラリーダンスのような新しい発想の踊りを考案する。高橋は「ローリーは、アイデアがどんどん変わるのでビックリする。いったん作った動きを、やっぱりやめてコレにしましょう、というような時に、予想もしない動きに変えてくるので面白い」という。

 またキム・ヨナや羽生結弦(ANA)の振り付けをするデイビット・ウィルソンも、天才肌の一人。スケーティングの流れを生かし、無理な動きが一切なく、気持ち良い演技に仕上げてくる。最初から最後まで「一枚の絵」のような完成作品に仕上げるのが特徴だ。またウィルソン自身が感情豊かな男性で、身体表現を通して感情表現することに関しては天才的。ウィルソンは、「ヨナはトロントに来た時は感情表現のないつまらない女の子だったけれど、プログラムの1つ1つの動きに心を入れていくことで、セクシーで観客の心を揺さぶるような表現を身につけた」と話している。

 日本人では、振付師として活動している人はまだ少ないが、代表格は宮本賢二。高橋大輔のバンクーバー五輪ショート「eye」や今季のショートプログラムの振り付けも担当している。メロディと一体化するような、リズミカルな振り付けが得意だ。日本の場合、振付師にわざわざ依頼するのはある程度トップレベルの選手で、コーチが振り付けも兼任する場合も多い。

名演の陰に振付師あり

 いざ振り付けが終われば、いったんは自分のホームリンクに帰り、ジャンプやスピンなどの技術も入れて練習していく。滑り込むうちに、ジャンプの助走の流れやスピンに使う時間がだんだん決まってくるので、再び振付師のもとで全体の手直しをする。微調整で済むこともあれば、振付師の新しい発想で演技をガラっと変えることもある。そして、何試合か経験してジャッジによる評価を得た後も、さらに高得点を目指して何度も手直しを加える選手もいる。

 ニコルは1月中旬に来日し、高橋と浅田のプログラムの最終調整を行った。どちらも演技を変更するほどではないが、演技内容をブラッシュアップしたという。やはり五輪シーズンだけあって、最後の最後まで1点でもスコアを伸ばそうと入念な調整が繰り広げられた。

 振付師は、コーチに比べると選手と一緒にいる時間は短いが、演技に与えるインパクトは大きい。ところがライバル同士となる選手に振り付けているなど立場が難しく、キス&クライで選手の隣に座ることは少ない。名演の陰に振付師あり。選手の演技に感動したときは、テレビ画面に映る選手とコーチだけではなく、隠れた功労者への感謝も忘れてはならないのだ。

<了>
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著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

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