高梨沙羅“最長不倒ジャンプ”の原点=恐怖を克服、理想の飛行型は小学生時代に

高野祐太

最高の舞台に新旧の役者がそろった

黙っていても最長不倒、そんな高梨沙羅のジャンプの原点に迫る 【写真は共同】

 日本の女子ジャンプ界が誇る17歳のエース高梨沙羅(クラレ)の五輪初代女王を懸けた戦いがまもなく始まる。金メダル最有力と目されるだけに、ライバルの動向からも目が離せない。そこで気になるのが、2歳年上の“もう1人のサラ”こと サラ・ヘンドリクソン(米国)の存在だ。昨年8月の合宿中に転倒して右膝を負傷し、 戦線離脱していたが、ギリギリでソチ五輪出場にこぎ着けた。

 ヘンドリクソンは、昨季の世界選手権で高梨を撃破して優勝した、高梨と並ぶトップランナーであり、ワールドカップ(W杯)の通算勝利数13は、足踏みしている間に高梨に抜かれるまでは歴代トップだった。五輪がぶっつけ本番となり、公式練習ではまったく距離が出ていないが、これまで通りのジャンプを取り戻すようなことがあれば、高梨の金メダルを脅かす対抗馬となることは間違いない。

 加えて、30歳のダニエラ・イラシュコ(オーストリア)もW杯の第10、11戦に連勝し、公式練習でも最長不倒を連発して調子を上げてきた。彼女は女子ジャンプのパイオニア的存在で、3年前の世界選手権に勝っている実力者である。カリナ・フォクト(ドイツ)らも含め、新旧の役者がそろったことで、最高峰の舞台にふさわしい激しい争いが繰り広げられることになった。

 ファンがよりレベルの高い試合を目の当たりにできるような状況が生まれることは、女子ジャンプ界にとって歓迎すべき流れだと言える。女子ジャンプはまだまだ歴史が浅い。2009年に始まった世界選手権はこれまで3回だけの実施で、W杯は2季前の11―12年シーズンに始まったばかり。五輪は今大会でようやく初開催に至った。前回の10年バンク―バー大会では、米国などの選手が訴訟まで起こして女子ジャンプの採用を求めたが見送られている。最大の理由は、競技の浸透が不十分で、五輪にふさわしいレベルの選手がまだ少ないと判断されたことだったという。

サラと戦って手にする金メダルにこそ価値がある

 とは言え、競争激化は当の選手にとっては大変な問題だ。自分の勝つ確率が相対的に下がるのだから、当然対応策を講じなければならない。ライバルにはできたらおとなしくしていてもらいたいと考えるのは自然な心情だ。

 けれども、どうやら高梨はとらえ方が違う。今季に入り、ヘンドリクソンについて、「サラさんがいないとモチベーションを保つのが難しい。早く戻って来てほしい」と漏らしている。ライバルの存在が高梨の強烈な向上心をさらに前へと向けさせているようなのだ。そうであるなら、ヘンドリクソンのいない五輪よりも、ヘンドリクソンと戦って手にする金メダルにこそ価値がある、と一層闘志を燃やしているのではないだろうか。

 さらに踏み込んで想像するなら、高梨は女子ジャンプがまだまだ発展途上にあることにも意識を向けているのかもしれない。競技の成熟段階を考えれば、新たな才能が参入してきたり、洗練された技術が広がるに従って、世界のレベルがグッと上がってくる余地が十分にある。そういうことを念頭に、自らのジャンプに安住してはいけないと身を引き締める。今季に入って「(W杯勝利数の)記録よりも自分のジャンプをすることを大事にしている」と語っていることの意味は、そう考えると理解しやすい。常に現状に満足しない意欲が高梨の強さを支えているというわけだ。

強く意識し合う“2人のサラ”

 であればこそ、ヘンドリクソンは高梨にとってかけがえのない存在となる。2シーズンくらい前までは、その背中を追うべき大きな目標でもあった。中学生時代に順調に実力を高めていた高梨の前に立ちふさがったのがヘンドリクソンだった。11―12年シーズン、ヘンドリクソンはW杯で9勝して初代女王の座に就く活躍をするのだが、それに追い付くべく、高梨は2月の世界ジュニアでヘンドリクソンを負かして優勝。これまでにない自信を得ると、3月に再びヘンドリクソンを撃破してW杯初優勝に結び付けている。

 2人は「そばにいるだけで刺激を受ける」(高梨)、「彼女は精神的にすごく強い。この若さでとても強いなといつも感心している」(ヘンドリクソン)と、互いを意識し合う。高梨がヘンドリクソンにシンパシーを感じるとすれは、単にダイナミックな大ジャンプができるというだけではなく、自分と同じような意思の強さを持っているからではないだろうか。ヘンドリクソンのそれは、けがを乗り越えてソチに間に合わせたという事実そのものから垣間見ることができる。

 ヘンドリクソンが膝のけがを克服したのは今回が2回目になる。最初は11―12年シーズンの終了後に手術をして半年間もジャンプの練習ができず、翌シーズンのW杯総合優勝を高梨にさらわれた。だが、世界選手権は高梨に雪辱する優勝を果たして強さを示した。

 そして、再び訪れた試練が昨年8月だった。ドイツでの合宿中に右膝を負傷し、9月に手術。前十字靱帯(じんたい)を再建し、内側側副靱帯と半月板を修復した。ソチ五輪に間に合うかどうか微妙だったが、「私にとって五輪は永遠の夢。諦めるわけにはいかない」という強い意欲で1日6時間に及ぶ厳しいリハビリに耐え、1月下旬の米国代表発表の1週間前になって、ついにジャンプ練習を再開した。あり得ないほどのぎりぎりセーフ。何という執念だろう。

1/2ページ

著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント