箱根駅伝優勝の指揮官が語る、強さの秘密=東洋大・酒井俊幸監督インタビュー

折山淑美

設楽啓の影響力と5区起用の真意

箱根駅伝を制した東洋大を率いる酒井俊幸監督に、その強さについて聞いた 【スポーツナビ】

 2014年の箱根駅伝、往路3区の設楽悠太でトップに立つと、5区の設楽啓太が区間賞の走りで2位の駒澤大に59秒差をつけて、1位でゴールした東洋大。復路に入っても追い上げを許さず、逆にその差を広げ、歴代2位の10時間52分51秒で完全優勝。2年ぶり4度目の箱根駅伝制覇を果たした。

 その勝因は選手層の厚さ。復路は7、8、10区で区間賞を獲得。誰もが前半から積極的に入り、ライバルの駒澤大を突き放す走りを見せたのだ。
 東洋大・酒井俊幸監督は今回、山上りの5区にエースの設楽啓を起用した。それは前回の箱根駅伝が終わってすぐに、2区の服部勇馬の起用とともに決めていたのだという。
 だが、万が一の場合も考えていた。レース当日が13年のような強い向かい風になれば、スピードタイプの設楽啓はきつくなる。それを考慮して、区間エントリーでは1年生の成瀬雅俊を配置した。もし設楽啓を使えなくても、好条件なら成瀬も1時間20分台で走る力はあると踏んだからだ。

 そんなノーマークだった1年生への信頼。酒井監督は「たまたまうまく育ってくれたというのもあるけど、啓太の影響は非常に大きいですね」と言う。

「啓太だけではなく、昨年は『主力選手全員が5区を走るくらいの気持ちを持て』ということで、何度もアップダウンのきついコースで練習をしたり、箱根にある大学の施設を利用してあの上りも走らせたりしていたんです。その中で成瀬は、柏原(竜二・現富士通)に憧れて『東洋大で5区を走りたい』と言って入ってきた選手で、まだ環境にも慣れていない6月でも選抜グループのアップダウンの練習をやりたいと直訴してきたりして。夏合宿ではBチームに入り、9月からはAに上がって練習でも食らいついてきた。そういう中で、啓太に引っ張られて上がってきた感じですね」

 そう言って笑みを浮かべる酒井監督だが、設楽啓の5区起用にも、勝つためだけではない意図もあったと話す。設楽啓はスピードタイプで、5000メートルに特化する練習をさせれば自己記録を13分30秒くらいには伸ばせただろうが、彼の今後を考えればもう少し脚の筋力など全体の強化も必要だろうと思い、彼自身の成長のためにも5区を一度走るのが必要と考えたからだと。その気持ちを受け取った主将・設楽啓の積極的な姿勢は、彼に引っ張られて成長するほかの選手を生み出したのだ。

「今年の箱根駅伝で、16人のエントリーメンバーに入りながらも走れなかった選手たち、成瀬もそうだけど、4年の佐久間健や延藤潤ら6人の力も大きかったと思いますね。彼らが9番目、10番目の選手を押し上げたから、総合優勝という結果もついてきたと思う」

短距離、競歩、他競技も参考に

いろんな競技を参考に、選手の強化を図るという。写真は箱根駅伝で服部弾馬に給水する酒井監督(右) 【写真は共同】

 酒井監督が選手の育成のための方法をしっかり考えるようになったのは、就任2年目だったという。就任最初の年には絶好調だった柏原が、3年生になってから調子を落としてきた。4月早々には体がまったく動かなくなり、当時1年生の設楽啓に3000メートルで負けるまでになった。駅伝だけではなく他の試合にも出場するようになってダメージがたまってくるようになったからだ。

「箱根をメインターゲットにするだけなら1年間の流れの中でやれますが、柏原は世界選手権を目指したこともあり、春からGPシリーズや日本選手権にも出た。そういう選手が増えていく中で、どのように駅伝にスピードをリンクさせていこうかと考えた時に、練習の質も考えなければいけないが、特に上にいく選手たちには基礎的なことをしっかり教え込まなければいけないのでは、と考えました」

 たまたま北海道ハイテクACの中村宏之監督とも知り合い、北海道・恵庭市まで練習を見学に行ったこともある。その時に中村監督に言われた「昔やったから今やる、ではなくて、なぜこれをやるのか、を考えなければいけない」という言葉が印象に残った。固定観念を払拭(ふっしょく)しなければ、成長もないのではないかと。

「短距離は動きの基本をやるのに、長距離はあんまりやらないで、ただ走ればいいという感じになっているけど、それは違いますよね。ウインドスプリントも中距離まではやっているのに長距離はやらない。多分これは日本では当たり前かもしれないけど、世界から見たらクエスチョンマークがつくと思うんです。だからうちは中距離も強化しているから、両方をリンクさせながらやってみました。それで、出雲駅伝と全日本大学駅伝のエントリーメンバーに入った斉藤真也には、前半は中距離に特化させたら1500メートルで日本インカレ2位と成長してくれました。結局、長い距離の安定性がなかったので箱根のメンバーには入れなかったけど、もし使えるようなら4区やアンカー、ペースが遅い場合の1区もあるわけですから。4月からは短距離に桐生(祥秀・洛南高)が入ってくるけど、短距離も協力的だから共有できるところはやっていきたいですね。それにうちは水泳や相撲も強化しているから、参考になるものはいろいろあるので」

 また、酒井監督は競歩の選手を見ていることもプラスになると言う。競歩は骨盤を前に進めなければいけない種目だが、それぞれ動きは違うのだ。それは長距離も同じ。基本の姿勢はあるが、選手それぞれに動きの癖もある。それが持って生まれた長所にできるものか、過去のスポーツ経験などのケガの影響があるのかなど、細かく分析しなければいけないという。柏原もかつて野球で肩を壊した経験があり、疲れてくるとその影響が出てきていたというのだ。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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