箱根駅伝優勝の指揮官が語る、強さの秘密=東洋大・酒井俊幸監督インタビュー

折山淑美

選手自身が体のことを知ることも大切

選手たちのおかげで、コーチとして成長できたと話す酒井監督 【スポーツナビ】

 就任した時に選手たちのケガの多さを何とかしなければと考えた酒井監督は、選手たちに補強運動の大切さも伝えた。だが、それもやっていくうちに、効果のあるストレッチもあれば、走力を減退させるものもあると分かってきた。その時々でどんなことをやるべきか、選択しなければいけない。そんな面でも柏原や設楽兄弟ら選手たちのおかげでいろいろ考えられ、コーチとしても成長できたと感謝する。

「スタートからベースをしっかりさせて、練習の質、量ともに増やせるようになっていくのが理想だけど、動きについては選手が受け入れる気持ちになった時に言わなければ効果はないですね。自分の体の特性だとか、走る時には体のどういうところが連動して動いているかなどをしっかりイメージでき、体の骨格や筋肉、神経などの名称を言えるくらいになれば、まるっきり分からないランナーとは全然違います。治療を受ける時でも自分の状態を正確に伝えられることも、実業団へ行けば必要になる。その選手がどういうタイプか、今はどういう状況かというのをコーチも見抜かなければいけないけど、選手自身もそれをつかんでいなくてはいけない。だから、そこは互いに質問を投げかけるようにしていますね」

 こうした考え方が浸透してくれば、上級生が下級生に教えるなど、選手間でも教え合うようになる。それがうまく循環していくことで、エース以外の選手も実力を上げさせた。今の東洋大の層の厚さを作り上げている要因でもある。

 そんな試みの一つでもある、フォーム変更のアドバイスも、タイミングが重要だと言う。服部弾馬の場合は、出雲駅伝で調子が悪く、全日本大学駅伝ではメンバーから外されたことで、彼自身が受け入れた。

「ステージ、ステージで体つきも変わってくるし、走る距離も変わってくるので、そこは自分でも何かを変えなくてはいけない。ただ、1万メートルに特化した時はコンパクトすぎるのも良くないから、走りを切り換える能力も必要ですね。昨年まで6区を走っていた市川孝徳(現・トヨタ紡織)は不器用ではあるけど、トラックと箱根の時ではフォームが変わっていた。それも本人が意識しなければできないことですね」

「あの子たちを勝たせてあげたい」

 技術ではなく、メンタル面の育成としては、大学のチームの一員であるということを意識させることが第一だと言う酒井監督。自分一人だけが競技をしているのではなく、いろいろな人に支えられてできているのだという感謝の気持ちを忘れさせないことが大切だと。

「その点では、選手を支える側に回る経験をすると、伸びる要素は増えるのじゃないかと思いますね。箱根の優勝メンバーになるのも自信になるけれど、外れてサポートをすることもその後実業団へ行った時や、社会人になった時には生きてくる。瀬古利彦さんには『箱根駅伝は教育だよ』と言われたけれど、本当にそうだと思いますね」

 指導している選手たちには、五輪に出られるような基礎をつけてあげたいという酒井監督は、「自分が勝ちたいというより、あの子たちを勝たせてあげたい。預かった以上は力を伸ばしてあげたいという気持ちが強い」と笑う。それを実現させるという意味では、それぞれの才能だけではなく、チームとしての力も大きな要因となるという。そんな思いと試みのひとつひとつが、東洋大の強さの秘密の一因でもあるのだろう。

<了>

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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