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女子ジャンプの礎を築いてきた先駆者
山田いずみコーチ インタビュー
長年、日本の女子ジャンプ界をけん引してきた山田いずみ全日本女子コーチにインタビュー
長年、日本の女子ジャンプ界をけん引してきた山田いずみ全日本女子コーチにインタビュー【築田純】

 間もなく開幕するソチ五輪で正式種目として採用されたスキー女子ジャンプ。今シーズンのワールドカップ(W杯)で高梨沙羅(クラレ)が大活躍を見せていることもあり、金メダルへの期待もかかる注目種目となる。


 そんな女子ジャンプを長年に渡ってけん引していたのが、ソチ五輪ジャンプ女子のコーチを務める山田いずみだ。男子に混じって試合をしたり、女子の部があっても参加者が1人だったりという時代を経験し、1999年から始まった女子の国際ツアー大会にも初年度から参加するなど、日本女子ジャンプ陣のパイオニアとして活躍してきた。


 今回ソチ五輪を前に、女子ジャンプの先駆者として戦ってきた山田にインタビューし、その歴史や競技への思いなどを語ってもらった。

男子と一緒が普通だった。参加者1人の大会も…

男子に混じってジャンプを飛んでいたという山田。国内では2000年に全日本レベルの女子大会が初めて開催された。(写真は09年の世界選手権時のもの)
男子に混じってジャンプを飛んでいたという山田。国内では2000年に全日本レベルの女子大会が初めて開催された。(写真は09年の世界選手権時のもの)【写真:築田純/アフロスポーツ】

 全日本レベルの国内大会で、女子ジャンプが複数の選手で初めて開催されたのは、2000年3月12日に旭川市の嵐山シャンツェで行われた雪印杯全日本ジャンプ旭川大会だった。K点76メートルのジャンプ台で行われた試合では、山田が77.0メートルと78.5メートルを飛んで優勝している。だが山田は「その前にも、私が中学生の時に、飯山のサマージャンプで女子の試合があったんです」と話す。

「その前に飯山のサマージャンプがあって。スキー連盟の斉藤幸三さんなどが動いて実現したと思いますが、それが最初の女子の部ができた大会だったんです。でも出場者は私ひとりだけで……。今でこそ『あの飯山があったから今がある』と思うけど、当時はずっと男子に混じって試合をしていたので、ひとりだけしかいないのに優勝とか言われて表彰されるのがすごく恥ずかしかったのを覚えていますね。今考えると『なんて失礼な!』と思うけど、その時は普通に男子の部で良かったのに、という気持ちの方が強かったですね」


 当時は男子と一緒に試合をして、勝ったり負けたりしていた。男子と女子という感覚もなく、それまで一緒にやってきた仲間と勝負しているだけというような感覚しかなかったという。

 だが中学3年生で大きなけがをした。結局高校2年生になるまで試合に出られず、復帰した時には男子との力の差は開いていた。試合に出ても結果を出せず目標を見失ったが、頑張れたのは「ラージヒルの大倉山を飛ぶまでは」という気持ちが強かったからだ。

ヨーロッパ遠征で女子大会に参加し『アスリート』に

今でも現役を続ける吉泉賀子(写真)は、山田の誘いによってジャンプを続けることにもなった
今でも現役を続ける吉泉賀子(写真)は、山田の誘いによってジャンプを続けることにもなった【築田純】

 高校卒業が近づくと、高校の監督から北海道女子短期大学(後の浅井学園短大、現北翔大)へ進んでジャンプを続けてはどうかと話しをされた。だが自分の中では迷いもあった。目標だった大倉山も高校2年の時に飛んでしまい、目標にするものもなくなっていたからだ。それでも自分の心の中に「まだジャンプを続けたい」という思いがあることに気付き、競技の続行を決意して97年には短大へ入学した。


 その頃の新聞には国際スキー連盟の主催で、98年に女子ジャンプの国際大会“レディースグランドツアー”を開催するというニュースも出ていた。それも励みになったのは事実だ。

「でもその大会が結局、中止になってしまって。それで、好きだからやってはいるけど、目標がなくてウダウダした気持ちで2年間を過ごしましたね。でもその頃は女子ジャンプの選手も徐々に増えてきていたし。特に葛西賀子(現・吉泉)は別の高校へ進んでソフトテニスをやると言っていたのを、無理やりジャンプをやろうと私がいた小樽工業高校へ引きずり込んだので。だから自分がやめるわけにもいきませんでしたね」


 だが短大を卒業する99年2月に、初のレディースグランドツアーが開催された。山田は初めてヨーロッパに遠征し、ツアーの個人4試合の他にも女子の大会に出場した。

「試合では4位が最高で総合6位だったけど、本当に感動しましたね。それまでジャンプ台に行っても女子は数名しかいなかったのに、全員が女子選手で……。中学生の時以来に試合に負けて悔しいと思ったし、今思うとその時から自分の中で、ちゃんとしたアスリートに変わったと思います。『ここで私はトップに立ちたい』という強い気持ちが生まれて、そこから本気でやるようになったんです」

折山淑美
1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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