川崎の選手たちが送る高校生へのエール=貴重な経験とその過程を大切に

江藤高志

11日に準決勝が開催される全国高校サッカー選手権。同大会に出場経験がある大久保ら川崎の選手たちに当時の話を聞いた 【写真は共同】

 2013年・J1年間3位となった川崎フロンターレにおいて、今季トップ登録された選手は35人にのぼる。このうち、ブラジル人の5人を除く30人の中で、全国高校サッカー選手権の優勝経験者はわずか3人に過ぎない。大久保嘉人(長崎・国見高校)、中澤聡太、そして小宮山尊信(共に千葉・市立船橋高校)だ。わずか3年しかない高校時代に選手権優勝を経験する。もしかしたらJ1を優勝するよりも難しいかもしれないこの貴重な経験をした3人の言葉を中心に、川崎の選手たちに選手権について話を聞いた。

運も味方した大会得点王・大久保

「有名になるためのチャンスの舞台だった」と直接的に述べるのは大久保嘉人である。「プロを目指せ」との亡き父・克博さんの言葉に従い、小学校卒業と同時に一人、長崎県の国見町に住まいを移した大久保は国見高校の一員として選手権出場を目指した。プロへの強い思いと、それを達成するために選んだ国見高校への入学とを考えれば、高校選手権をして「有名になるためのチャンスの舞台」だと言い切るメンタルの強さは必然的なものなのかもしれない。

 大久保が優勝を果たしたのは、3年時に出場した第79回大会。大会を通じて8得点を挙げた大久保は大会得点王を獲得するが、その過程には幸運も必要だったらしい。「6−0で勝った日章学園(宮崎)の試合の時に39度以上の熱があって、自分では欠場させてもらうつもりでした。でも(当時の小嶺忠敏総監督から)『最後だから出ろ』と言われ、出たら4点決めることができました。得点王になれたのはそういうことがあったからかもしれないです」

 体調の悪さをモノともしない大量ゴールもあり、大久保は大会得点王の栄誉を手にすることとなった。ただし、8点という記録については「少ないですね」と、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。

「成功も失敗も、絶対に生きてくる」

「高校生活の集大成だった」と振り返るのは中澤聡太だ。市立船橋の2年時に出場した第78回大会において、センターバックとして活躍。羽田憲司(元鹿島アントラーズ、セレッソ大阪など)とコンビを組み、栄冠を手にしている。そんな中澤は「誰もがやれることではないので、人生の中でも誇りに思えることの一つです」と話し、「今思えば(優勝という)頂点も経験できましたし、3年時には2回戦で負けた。ちょっとだけ出させてもらった1年時に至っては県予選で負けている。そういう栄光と挫折のすべてを経験できたのは、よかったと思います」と振り返る。そしてそんな自らの経験を踏まえ「成功も失敗も、絶対に生きてくる。それは若い皆さんに伝えたいですね」と話してくれた。

 中澤と同様に「高校生活のすべてを懸けていた」と話す中村憲剛は、選手権を目指す過程の大事さを口にする。「出場を目指すこと自体が高校生にとってプラスになる。みんなで頑張ることだったり、最後までやることも大事。無駄は何もなかったですね」と言葉を続ける。中村の場合、都立久留米に在学していた3年間で選手権出場の夢は叶わなかった。ただ、「それでも代表まで行ける。だから頑張ることが大事だと思います」と語気を強めた。選手権を目指して日々努力する、その『過程の大事さ』は、話を聞かせてもらった選手の一貫した主張だった。

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著者プロフィール

1972年、大分県中津市生まれ。工学院大学大学院中退。99年コパ・アメリカ観戦を機にサッカーライターに転身。J2大分を足がかりに2001年から川崎の取材を開始。04年より番記者に。それまでの取材経験を元に15年よりウエブマガジン「川崎フットボールアディクト」を開設し、編集長として取材活動を続けている。

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