川崎の選手たちが送る高校生へのエール=貴重な経験とその過程を大切に

江藤高志

ユースを選んだ選手は素直に「うらやましい」

中澤や小宮山は今大会にも出場した市立船橋の一員として大会の優勝を経験。当時の国立の思い出を語ってくれた 【写真:アフロスポーツ】

 選手権への出場資格そのものがない選手の意見はどうだろうか。ガンバ大阪ユースの一員だった稲本潤一は「単純に『うらやましいな』というのをテレビを見ながら思っていました。また、『俺らのほうが、戦ったら強いのに』ということを思いながらは見てました。でもそれは仕方ないとも思いますね」と話す。当時は大阪に強い高校がなく、また大阪から出るつもりもなかった稲本にとって、G大阪の下部組織に入るのは必然的な流れだったという。ただ、それにしても「うらやましかった」と率直な感想を口にしていた。

 稲本と同様にうらやましさを口にしたのがこちらもG大阪ユース出身の井川祐輔。井川は「サッカーに打ち込むのは大事なことで、その後にプロに行くのか、大学に進学するにしても変わらない思いを持ち続けて欲しいですよね。そこで燃え尽きずにね」と高校生にエールを送る。

 静岡学園(静岡)の3年時に第89回大会に出場し、3回戦で日章学園に敗れた大島僚太は「あっという間に終わった感があります。本当はもっと戦いたかったです」と、大会を振り返り「優勝できたら超幸せですよね。選手権優勝って。やばいと思うな」と果たせなかった偉業に想像をふくらませた。

選手権を制した小宮山の思い出

 大島がうらやむ高校選手権優勝を経験した3人のうち、突如としておしゃべりになったのが小宮山尊信だ。「その時の気持ちが分からない」と当初話していた小宮山だったが、記憶の奥底に眠っていた出来事を1つずつ確かめるようにすくい上げていくうちに、溢れ出てきた当時の思い出が止まらなくなった。

 小宮山が優勝の栄誉を手にした際、決勝の相手は、戦後初の大会3連覇を目指す国見だった。国見は兵藤慎剛(現横浜F・マリノス)、柴崎晃誠(1月7日にサンフレッチェ広島加入が決定)、当時『怪物くん』とも称された平山相太(現FC東京)を擁した強豪である。国見との決勝戦には国立競技場に51986人の観客を集めており、小宮山にとってかけがえのない思い出となっていると話す。

「(階段を上がり)ピッチに入るときに人がすごくいて、すごい雰囲気だなと。あと覚えているのが、1点をリードした後半に兵藤(慎剛)がシュートを打った時、うちのGK(国領浩樹)がギリギリで止めたんです。その時の歓声は耳が割れるようで、初めてくらいの経験でした。それはすごく覚えています」

 試合は、下馬評通り国見が市立船橋を猛烈に押し込む展開の中、FKのこぼれ球を決めた小川佳純(現名古屋グランパス)のスーパーゴールによるリードを保ち、1−0で市立船橋が勝利。退職が決まっていた布啓一郎監督の最後の舞台を優勝で締めくくることとなった。

「悔いが残らないよう、一生懸命に」

 誰もができる経験ではない優勝を成し遂げたこの時の市立船橋について、小宮山は「うちの代はすごくけんかが多かった。ただ、それはみんな本気だったから」だと振り返る。「選手権で優勝するという目標がまずあり、そしてみんなサッカーが好きだったので、けんかがけんかで終わらなくて、それがチームにうまく作用して良いチームになっていった」と当時のチームを述懐する。加えてインターハイでの県予選敗退を、選手権への糧にできた。

 小宮山は、中澤が2年時に成し遂げた選手権優勝を、中学の仲間とともに国立競技場で観戦。「俺らも出ようぜ」と話し合っていたという。そのときの5人のうち、実際に3人と選手権のピッチに立っており「言ったとおりになったね」と話し合ったそうだ。そんな小宮山は現役高校生にエールを送っている。

「頑張ってくださいということしか言えないです。悔いが残らないよう、一生懸命に。でもそんなこと言われなくてもそれぞれに思いがあるはずですし、とにかく頑張ってほしいですね」

 代表を経験した選手ですら出場が叶わないことも珍しくない選手権への出場は、高校生にとっては重大な出来事であるのは間違いない。だからこそ、この大会での経験とそこに至る過程を大事にしてほしいと川崎の選手たちは異口同音に口にし、これからの人生に役立ててほしいと述べていた。

<了>

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著者プロフィール

1972年、大分県中津市生まれ。工学院大学大学院中退。99年コパ・アメリカ観戦を機にサッカーライターに転身。J2大分を足がかりに2001年から川崎の取材を開始。04年より番記者に。それまでの取材経験を元に15年よりウエブマガジン「川崎フットボールアディクト」を開設し、編集長として取材活動を続けている。

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