「技術的にも精神的にも世界レベル」=内山が王者たる理由が散りばめられた一戦

長谷川亮

ダウンにも「1発目をかわせれば大丈夫」

「年間最高試合」の声も上がる熱戦を制して、8度目の防衛に成功した内山 【花田裕次郎】

 10R終盤、まさに“打ち抜いた”というべき挑戦者・金子大樹の右がとらえると、WBA世界スーパーフェザー級王者・内山高志はダウン……記者席からも思わずアッと声が漏れるほどの決まりぶりで、防衛7回、在位4年に及ぶ安定王者も遂に陥落の時が訪れたかと思われた――。

 しかし内山は振り返って言う。
「よくカウントを聞いて立って、立っても全く足がフラつかなかった。立った時も冷静だったし、(金子が大きくパンチを)振ってくるのが分かっていたから1発目をかわせば大丈夫だろうと」

 残り時間を指示するセコンドの声も聞こえており、内山は述懐通りに追撃を許さず、右ストレートで応戦してピンチに陥ったこのラウンドを乗り切る。

王者に分があった左の差し合い

「左の差し合いで僕の方がリードしたこと」と王者は勝因を振り返った 【花田裕次郎】

「ダウンはそんなに残らなかったし、そのうち回復したので大丈夫でした」
 ダメージが尾を引く倒れ方に見えたが、この言葉に偽りはなく、金子は追加のダウンを奪わんと11Rも猛然と向かったが、意気込んで振りが大きくなってしまうのもあり、内山は右ストレート、右アッパー、左フックと見舞い、前のラウンドのダウンがなかったかのように盛り返して11Rを終了した。

 12Rも気迫で向かう金子を、しかし内山はひらりと左右にかわし、左フック、ジャブ、右ストレートとヒット。最後は右ストレートを2度巧打し、金子をのけぞらせて試合を終えた。
「気合いはすごく感じたがやり辛さはそこまでなかった。左の差し合いで僕の方がリードしたことが地味にポイント差になったのでは」

ダウン後のラウンドを盛り返す“凄み”

ダウンを奪われながらも、冷静な対応で盛り返した王者・内山 【花田裕次郎】

 偶然の負傷によりドローとなったV5戦(2012年7月、マイケル・ファレナス戦)以外、世界戦はいずれもKOで勝利。試合前も周囲は“KOダイナマイト”というキャッチフレーズ、大晦日決戦にふさわしいKO防衛を期待したが、「いつも通りやって、判定でも勝てれば問題ないので」と内山自身は「必ず勝ちます」「V8達成します」と、自らKOを宣言することはなかった。

 確かにいつものKOこそ見られなかったが、逆にあれだけのダウンを喫しながらその後のラウンドをしっかり制して終えたことで、内山のまた違った“凄み”が際立った。また、過去7度防衛という安定王者であればこそ難局に見舞われた際にどのような対応を見せるか懸念もあったが、これもダウンを喫し右手を負傷しながら左一本でTKOまで持ち込んだ三浦隆司戦(2011年1月、V3戦)のように、KOパンチだけでない内山の王者としての資質を光らせた。

「年間最高試合」の声も上がる熱戦

10Rにはダウンを奪うなど不屈な闘志で王者に食らいついた挑戦者・金子 【花田裕次郎】

 どんなにパンチを浴びても下がらない不屈の闘志で好勝負の立役者となった金子だが、「自分のボクシングをさせてくれないうまさがある。もっと出入りを激しくして、左をもう少し当てて、左をもっとガードさせる感じにしたかった」と試合後に反省。

「チャンプは危ないところになっても自分のところへ持っていけるものがあり、技術的にも精神的にも世界レベルの人だった」とも語り、しかしその姿は内山戦で「差を感じた」と言い、そこをきっかけに進化し世界王者にのぼりつめた三浦のように、今後の成長を予感させるものがあった。

 これでV8を達成し、今年は因縁ある三浦との3年ぶりの再戦にして世界王座統一戦が期待される内山だが、不安のあった右拳を試合後も入念に冷やしており、このダメージ次第では次回防衛戦自体が少し先になるかもしれない。しかし試合は「年間最高試合」の声も上がる熱戦で、金子属する横浜光ジムの石井一太郎会長が「見合ってしまう場面が多かったが、それはポジションであったりそうさせる内山の技術」と話した通り、豪快なKOだけでない見えづらいそうした技術、難局を乗り切る対応力と、内山が王者たる理由が散りばめられた一戦だった。
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著者プロフィール

1977年、東京都出身。「ゴング格闘技」編集部を経て2005年よりフリーのライターに。格闘技を中心に取材を行い、同年よりスポーツナビにも執筆を開始。そのほか映画関連やコラムの執筆、ドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(2017)『沖縄工芸パラダイス』(2019)の監督も。

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