“皇帝”シューマッハーを襲った悲劇=不本意な結末で終わらないことを信じる

川喜田研

頭部を強打し「非常に深刻な」昏睡状態が続く

年の瀬に訪れたシューマッハーの突然のニュース。状態は「非常に深刻」だと言われているが…… 【Getty Images】

『ミハエル・シューマッハーがスキーで転倒して意識不明』――。
 年の瀬も押し迫った29日朝、あまりに突然のニュースに、思わず言葉を失った。

 2012年のF1最終戦、ブラジルGPを最後にシューマッハーが現役を引退してから、わずか1年余り……。「引退したら、今度こそ家族と過ごす時間を大切にしたい」と語っていた彼が、皮肉なことに、家族とともに訪れていた年末の休暇先で悲劇に見舞われてしまったのだ。

 事故が起きたのは12月29日、フランスの高級スキーリゾートとして知られるメリビルで、息子のミック君とスキーを楽しんでいたシューマッハーが高速で転倒してゲレンデ外の岩に頭部を強打。地元の病院に搬送された。
 その後、より高度な治療を行うためにグルノーブル大学病院へと移送。直ちに緊急手術を受けたものの、脳内出血などによって「非常に深刻な状況」(大学病院医師団)のまま、昏睡状態が続いている。

「もし、シューマッハー氏がヘルメットを被っていなかったら、彼はここにいなかっただろう。それほど頭部の外傷は非常に重篤で、手術後のCT画像でも脳内出血の広がりが確認できる。現時点で採りうるすべての対処を施したが、今後についてはまったく予断を許さない状況だ」と、現地で治療にあたる医師団は説明する。

 現在は脳の圧力を下げるために人工的な昏睡状態のまま、負担を減らすために低体温を維持されている状態で、ベッドサイドにはコリーナ夫人と長女のジーナ・マリアさん、長男のミック君が付き添っているという。またシューマッハーの友人たちや、多くのファンも続々と病院に駆けつけ、偉大なチャンピオンの生還を祈りながら2013年の暮を迎えようとしている……。

通算91勝、年間王者7回という「史上最強のドライバー」

グルノーブル大学病院の医師団が現状の説明をした。 【Getty Images】

 モータースポーツの頂点、F1世界選手権で通算91勝、ワールドチャンピオン獲得7回(いずれも歴代1位)。ミハエル・シューマッハーは文字通り「史上最強のF1ドライバー」だ。
 1991年のベルギーGPで鮮烈なデビュー(予選7位通過、決勝では0周でリタイア)を飾り、わずか3年後の94年に初タイトルを獲得。この年、悲劇的な事故でこの世を去ったアイルトン・セナと入れ替わるように、F1に10年余りにわたる「シューマッハーの時代」を築き上げた。

 勝利に対する貪欲なまでの執着心、勝利のためには常に自分の持てる力と時間をすべて注ぎこみ、決して妥協しない完璧主義、そして驚異的な集中力、体力。それらすべての要素がライバルたちを一歩も二歩も上回り、その体からは圧倒的な存在感がオーラのように立ち上がっていた。その姿はまさに「戦士」(ウォリアー)そのものだった。

 2006年末に、一度は引退を表明しながら、3年のブランクを経て再びF1にカムバックする決断をしたのも、生まれついての「戦士」であるシューマッハーが「サーキット」という戦場の外に平穏な第2の人生を見つけられなかったからだろう。彼はフェラーリのエースドライバーとして、「頂点」の輝きを維持したまま引退するという「美しい引き際」よりも、メルセデスのエースとして再び頂点を目指す戦いの日々を選んだのだ。

「第2の人生」はまだ始まったばかり……

 結果的に3シーズンに及んだメルセデスでのF1再挑戦は、期待とは違う形でその幕を閉じることになった。彼の所属したメルセデスのマシンがトップクラスの戦闘力を備えていなかったという事実を差し引いても、予選ポールポジション1回、表彰台(3位)を1回という記録は、無敵を誇った全盛期の“皇帝”ミハエル・シューマッハーを知る者にとって、そして何より彼自身にとって、本当に不本意な結果であったに違いない。

 だが、僕はシューマッハーがこの「不本意」な3シーズンを通じて、彼の愛するサーキットという「戦場」で戦い、敗れ、敗北感を味わうコトができたから、今度こそ彼は戦士の鎧を外して、幸せな第2の人生を踏み出せるのではないかと思っていた。そしてそれは、シューマッハーの長く激しい戦いを、傍らで見守り続けてきた家族や仲間たちにとっても最大の望みだったに違いない……。

 だから、シューマッハーはこんな事故で死んじゃいけない。史上最強のF1ドライバーの「第2の人生」はまだ、始まったばかりなのだ。あの強靭な肉体が、あの比類なき精神力が、昏睡状態の深い闇の中からわずかな光をつかみとり、愛する家族や友人たちが待つ「この世界」へと、再び力強く這い登ってくることを信じて、僕もまた祈り続けている。

<了>
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