高木姉妹が抱いたそれぞれの葛藤=スピードスケート
「妹ばかりが注目されて悔しかった」
「やはり妹ばかりが注目されていて悔しい気持ちはありました。姉妹としては仲良くしているんですけど、スケーターとしては複雑な気持ちで、葛藤もありました。姉として負けてしまうのは悔しいし、4年前は心の底から祝福はできていなかったんです」
しかし、菜那はようやくその壁を乗り越えた。12月27日から29日まで行われていたスピードスケートのソチ五輪代表選考会。菜那は1500メートルとチームパシュートの代表に選ばれ、悲願だった五輪出場を成し遂げた。一方、本調子とはほど遠かった美帆は出場した1000メートル、1500メートル、3000メートルですべて5位に終わり、代表チームから漏れてしまった。
「五輪を目指してここまできたので、3本とも悔いの残るレースとなってしまったし、それが一番悔しかったです。前回滑ったときとは感覚が違ったので、これが実力かなと思います。緊張しすぎて、レース前に心が疲れてしまっていました。早く終わってほしいという気持ちが強かったんですけど、せっかくの4年に1度の大会だからもっと楽しく臨みたかった」
結果的には、4枠あった1500メートルで4位に入ったのが最後はモノを言った形だ。
「五輪を甘く見ていた」
美帆は自身の悔しさを押し殺しながら、姉の悲願達成を祝福した。バンクーバー五輪に中学3年生で出場したことから、大きな注目を集めた美帆は今春から日体大に進学。しかし環境が変わった影響からか、今季はフォームを崩し、苦しい戦いが続いていた。10月の全日本距離別選手権では1500メートルで6位、3000メートルで5位。ワールドカップ(W杯)を経て迎えた今大会でも、満足いく滑りができなかった。
「完璧に自分の実力不足でした。調整の仕方や技術面をこの大会に合わせることができなかった。微妙な差で全部代表を逃しているので、負けを認めざるをえない大会でした。もっと時間が経てば、反省部分がもっともっと出てくると思います」
4年前は自らの力というより、監督に勝たせてもらった。今年は監督やコーチに頼りきりだった自分を卒業して、自ら考え、その手法を実行していた。しかし、結果につながらなかったということは、それが自身の力になっていないということでもある。
「前回は監督が練習の調整をしてくれたので何も考えていませんでした。バンクーバー以降、いろいろな遠征も行かせてもらって、ジュニアでも勝つことができた。さらには転戦を乗り越えていけるようにもなっていました。でも、それが自分のなかで五輪を甘く見ることにつながったのかなと思います。五輪シーズンの調整が未熟でした」
実現できなかった2人の夢
もちろん菜那もそれは分かっている。そして自分は妹にまだ劣っているという認識もある。「今は妹の調子があまり良くないので勝てているときもありますけど、このあいだ一緒にW杯の成績を見ていたら、調子が良いときの妹のタイムはやはり速いなと。ベストの状態で戦ったらたぶん勝つのは難しいと思います」。菜那はそう語り、美帆の実力をあらためて評価した。
その一方で姉らしい配慮も見せる。
「今までは落ち込んでいる私が妹に声を掛けられる立場でした。だからどうすればいいか分からないんですけど、とりあえず妹にはいつも通り接して、ちょっとでもお姉ちゃんができたらいいなと思います」
美帆は早くも4年後の平昌(ピョンチャン)五輪に目を向けている。
「平昌は年齢的にも上を狙える歳だと思っています。平昌に向けては完璧な形で五輪出場を決めたいと思いますし、本大会でも上位を狙っていけるところに、4年かけてしっかりと上り詰めたいと思います」
明暗を分けた高木姉妹の結末だが、彼女たちの見据える先は一緒だ。「2人で五輪に出場する」。今回その夢はかなわなかったものの、菜那は21歳、美帆は19歳とまだ若く、次回大会以降で両者の競演が実現する可能性は十分あるだろう。最後に菜那はもう1つの希望も明かした。「次は2人でパシュートにも出られるようにしたい」。その願いを実現すべく、今後も共に切磋琢磨(せっさたくま)を続けていく。
<了>
(文・大橋護良/スポーツナビ)
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