トップ10入り目指す錦織圭の現在地=誕生日と同時に満を持して新シーズンへ

内田暁

ブリスベンで迎える新シーズン

トップ10入りを目指す錦織圭。誕生日である12月29日に新シーズンを迎えた 【Getty Images】

 24年前の今日この日、彼は島根県の松江市で生を受けた。年の瀬特有の慌ただしさが世間に漂うも、喧騒(けんそう)が街を覆うにはいささか早い、1989年12月29日の早朝。病院で長男誕生の瞬間を待っていた父・清志さんは、4歳になる長女の玲奈さんに「パパ、まだなの?」と聞かれたことを、よく覚えているという。

 その寒さの厳しい朝から、四半世紀近くの月日が経った。錦織圭(日清食品)はここ数年、誕生日は常に真夏の南半球で迎えている。1年前の誕生日は、ブリスベン国際の開幕前日であった。「大会がまだ始まっていなかったので、ケーキも何もなくて……」という、極めて質素な誕生日。

 1年前は「大会中なので、なかなか騒ぐという気持ちにもなれないし。普通な一日でした」と言っていたが、果たして今年は、どう祝うのだろうか? 
 24度目の誕生日も、錦織は昨年と同じく、オーストラリアのブリスベンで迎えている。トップ10入りをあらためて目指すであろう2014年シーズンは、奇しくも、彼の誕生日と同時に幕を開けた。

新コーチ就任で錦織に変化の兆し

 昨年は19位、そして今年は17位と2年連続で20位以内を確保しシーズンを終えた錦織は、14年で満を持して、さらなる高みを目指していく。彼は、その地位を狙えるだけの確たる地力を得た。信頼できるスタッフで周囲を固めてもいる。その上で、今季の錦織はもう一段階、自らを引き上げてくれる指南役として、90年代に世界2位に上り詰めたマイケル・チャンをチームに迎え入れたのだ。

 チャンは、1989年に全仏オープンを制した往年の名選手。その際に打ち立てた、17歳3カ月のグランドスラム最年少優勝は、いまだに破られていない大記録だ。身長は、錦織よりもさらに3センチ低い175センチ。その小柄な体で、ピート・サンプラスやアンドレ・アガシら“黄金世代”と肩を並べて戦った経験を、錦織は何より切望したのだという。プレースタイルこそ多少異なるが、同じアジア人で似た体格。ロジャー・フェデラー(スイス)やラファエル・ナダル(スペイン)らが築いた男子黄金時代を戦うことを余儀なくされた錦織の境遇も、どこかチャンに重なるものがある。

 そのチャンに錦織は当初、経験に則したアドバイスなど、主に精神面の指導を期待していたという。だが実際には、「例えばサーブだとトスの位置、ワイドサーブの打ち方、足をもっと使うとか」など、技術的に10カ所以上も直されたところがあると、ブログで明かした。指摘された改善点のあまりの多さに「泣きそう」と嘆くほどへこんだようだが、それらアドバイスの全てに納得ができたのだともつづっている。

 錦織のこのような変化への兆しとして思い出されるのが、3年前に彼がブラッド・ギルバートをコーチに迎えた時のことだ。アガシやアンディ・ロディックなど、数々の一流選手を育てたギルバートから、錦織は安定したストロークの必要性や、「相手を負けさせる」戦術を授けられた。そして、それらの指摘に納得しプレーの改革に臨んだ結果、わずか1年で、ランキングを98位から25位まで急上昇させたのだ。
 チャンの言葉に、それまでのテニス観を根底から覆されるほどの衝撃と感銘を受ける今の錦織の姿は、あの革新の3年前をほうふつさせるものがある。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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