天国の“おとう”が見守るソチ五輪=バイアスロン女子・鈴木芙由子
指導者たちからの教え 頑張り過ぎないことの大切さ
射撃とクロスカントリーの融合競技、バイアスロン。鈴木はメンタルの重要性を感じている 【写真:ロイター/アフロ】
思えば、入隊当初に指導を受けていた佐藤幸一教官(現在は退職)にも頑張り過ぎないことの大切さを教わっていたのだった。竹田コーチは佐藤教官の愛弟子であり、2代に渡る指導者からもらうバイアスロンの心得は、鈴木の心に響いた。「頑張りたい、頑張りたいでは力んでしまう。リラックスして落ち着いてやるべきことをやる。不思議なんですけど、弾痕にもその時の気持ちが出るんです。やばいやばいと思っていたら上にポンって抜けちゃったり、力んでグッてやると、下に外れちゃったり」
頑張り過ぎないことは、適度な脱力につながり、技術面にも良い影響を与える。「スキー操作で力まないと、グンと伸びる滑りができる。射撃で力が入ると肩が前に出て縮こまっちゃう。だから、肩甲骨を開いて力を抜いて。力で固定するのではなく、銃の重さをしっかり体で感じる」というイメージをつかんだ。
だから、メンタルの重要性をこんなふうにも捉えるようになった。「やっぱりメンタルで負けないのが一番だと思う。根性で走るというメンタルではなくて、怖がらないで恐れないで、射撃も自信を持っていくというメンタル面が私はまだまだ。自信を持って失敗を恐れずに、チャレンジするような気持ちで大会に臨めるような、そういう気持ちが大切だと思う」
人としても成長したい “おとう”が残した生き様
「毎日成長したい」と話す鈴木。2度目の五輪では、どんな姿を見せてくれるのだろうか。写真は銀メダルを獲得した2011年アジア大会でのもの 【写真:アフロスポーツ】
その考えの素地には、祖父とともに天国から見守る父・博和さんの存在があるのかもしれない。米農家だった博和さんは朝早く起きて、夜遅くまで仕事をする働き者だった。娘が「大変でしょ」と声を掛けても、一切愚痴を言わず、「大変だ」とは言わず、「楽しいよ」と語りかけるような人だった。「見返りを求めないというか。よく知り合いにお米をお裾分けするから『もったいないじゃん』と言うと、『喜ぶ顔が見れればいい』とか、『そんな高く売らなくていいんだよ』とか言っていました」。
鈴木が親愛の情と尊敬の念を込めて“おとう”と呼び、その職業を“百姓”と呼ぶ父。鈴木は、その背中を見ながら育った。だから、「負けたくないと思って頑張るより、誰誰が応援してくれるから頑張らなきゃと思った方が頑張れる」という言葉には、父の生き様がオーバーラップする。
そんな父が昨年、病気で他界した。「もう全然、悲しいとかはないんですけど」と言いつつ、父への思いは募る。冬になると夢枕に立つのだと言う。「シーズンに入ると、『会いに来たよ』と言って、夢の中で応援してくれるんです。そんな日は、ホッとして起きられて。それが試合の朝だったりする。そうするとなぜか分からないんですけど、バテないで、最後まで崩れずに走り切れるんです。で、シーズンが終わるとパッタリ現れなくなる(笑)」。
父に見守られながらのソチ五輪は、こんなに心強いものはない。気負わない強さを持ったメンタルを発揮する場ともなる。だからこそ鈴木は、自分らしい戦いをしようという思いで臨もうとしている。
「私はまだまだ、オリンピック一本に懸けられるほどの選手ではないので、ワールドカップも一つ一つ大切にして、少しでも強くなれるように学べることをたくさん学びたい。オリンピックもその延長線上にあって、その先にもつながるように毎日成長できるように考えて毎日練習したい。今季で終わりだと思っていないので、選手としても人としても成長できるような日々を送りたいです」
<了>
バイアスロン競技とは
例えば、女子で最も距離の長いインディビデュアルでは3キロを5周(合計15キロ)し、周回を終えるごとに伏せ、立ち、伏せ、立ちの順に射撃を行う。
パシュートは、その前に行ったスプリントのタイム差のままに順にスタートし、着順がそのまま順位となる。例えば、スプリントで5秒差の2位だった選手は5秒遅れでスタートし、1位選手を抜いてトップでゴールしなければ優勝できない。
個人種目で唯一同時スタートするマススタートは、それまでの種目の上位30人だけが出場できる。
射撃位置から標的までの距離は50メートル。標的の直径は伏せ撃ちでわずか4.5センチ、立ち撃ちでも11.5センチしかない。滑走法はスケーティングもできるフリー走法。