羽生結弦を高みに導いた2人のカナダ人=GPファイナル初制覇でソチ五輪へ前進

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羽生の成長を促したチャンの存在

今季3戦中すべてで対戦した“絶対王者”チャン(左)が、羽生の成長に多大な影響を与えていることは間違いない 【坂本清】

 もう1人は現世界王者のチャンだ。羽生とチャンはGPファイナルで実に今季3度目の対戦。過去2戦は羽生の完敗に終わっていた。チャンは11月のエリック・ボンパール杯(フランス)で世界歴代最高得点を更新するなど圧倒的な強さを誇っており、GPファイナルでも優勝候補最有力だった。それだけに羽生はライバル心を全面に押し出すかと思われたが、前日会見から一貫してそうした意識を否定。「素晴らしい選手がそろっているなかで、どれだけ自分に集中できるかが課題ですし、それが自分にとっての挑戦でもある」と語り、あくまでマイペースを強調していた。

 10月のスケートカナダやエリック・ボンパール杯ではチャンのことばかりを考えていた。どれだけ力の差があるのか、どれくらい頑張ればその差を縮められるのか。「そうしたことを無意識のうちに脳で分析しちゃったりしていたんです」と、羽生は苦笑する。相手のことを考え過ぎるあまり、自身の演技に対する集中力がそがれ、思うような結果が出ない。焦れば焦るほど悪循環だった。しかし、オーサー氏の助言もあり、“自分の道”を見つけた羽生は、GPファイナルまでにメンタル面で成長を遂げる。「ただ一生懸命スケートを楽しもう」。それが今大会のテーマだった。

 チャンに勝とうとしたわけではない。しかし自身の演技に集中した結果、チャンに勝利してしまった。裏を返せば、チャンの存在こそが羽生をここまでの高みに導いた最大の要因と言えるのかもしれない。大きな壁にぶつかり苦しみ抜いたからこそ、こうした境地にたどり着くことができたのだ。

 オーサー氏もそれに同調する。
「どんな大会でも優秀な選手と戦えるということでそれだけ学べる機会が多くなる。そうした経験を多く積めたという意味でも、今季パトリックと何度も当たってきたのは良かったと思う」

 2位に終わったチャンは「GPシリーズは長い。フレッシュな気持ちで臨めたかというとそうでもないし、足が軽かったということもない。自分としては今回は優勝でも2位でもいいと思っていた」と、この敗戦を意に介していなかった。しかし、自身が記録した世界歴代最高得点まであと一歩に迫られたのだから、その心中は穏やかではないだろう。この先も両者によるハイレベルな争いは続いていきそうだ。

ソチ五輪へ大きな一歩

ソチ五輪の出場権獲得に大きく前進した羽生 【坂本清】

 GPファイナルで優勝したことにより、羽生がソチ五輪の出場権獲得に大きく前進したのは疑いようがない。羽生自身も「(今大会の結果は)本当に大きな一歩。条件も満たしているかなと思っています」と語っており、よほどのことがない限り、ソチへの切符を手にすることだろう。世界歴代2位の得点を記録したことから見ても、メダル獲得の有力候補と言えそうだ。

 そのうえで、オーサー氏は羽生に注文をつけている。「まずは切符を勝ち取ることが重要だが、ユヅルは十分な闘争心を持っているし、自分のベストを尽くしたいという思いも持っているから心配はしていない。私が心配しているのはその先をしっかり考えて、残しておくべきものは残しておいてほしいということだ」。一見何を言っているのか分かりづらいが、要するに“運”を使い果たすなということだろう。五輪で勝つためには、時として神懸かり的な力が必要となってくる。いくら優勝する力を持っていても、そうした運を引き寄せられなければ頂点に立つことはできない。現役時代、五輪に2度出場しながらも銀メダルに終わっているオーサー氏はそのことが痛いほどよく分かっている。

「全日本選手権の位置づけがとても大切なのは分かっているが、私はすでにソチに目を向けておかなければいけないと思っている。そういった意味でいわゆるマジカルな出来事が起きていないのは良いことだ。今回のSPではそれに近いところにいったと思うが、FSに関してはまだマジカルなことは起きていない。それはむしろこれから起こるんだろうなという期待を持たせてくれている」

 もちろんそうした奇跡的なことを成し遂げるには、確固たる実力が必要だ。決してコントロールできるものではないが、それを発揮するための努力はできる。「もっともっと良い演技がしたい」。いま以上の高みを目指す羽生にとって、頂を探す旅はまだ終わりそうにない。

<了>

(文・大橋護良/スポーツナビ)

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