18歳・羽生結弦が見せた成長の証

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驚きの点数も「楽しみながらできた」

男子SPで世界歴代最高得点を更新した羽生(左)。“王者”チャンに大差をつけての首位発進は自身の成長を示す何よりの収穫だった 【Getty Images】

 羽生結弦(ANA)が演技を終えた瞬間、会場のファンは総立ちとなった。いつまでも鳴り止まない万雷の拍手。会心の滑りに、羽生自身も手をたたきながら、その喜びを表していた。得点は世界歴代最高を更新する99.84点。11月のエリック・ボンパール杯(フランス)でパトリック・チャン(カナダ)が出した記録をさらに塗り替えた。

「得点については、ただただびっくりです。点数よりも1つひとつのジャンプがきれいに決まったことと、スピンで少しよろけてしまったなというのが印象です」

 12月5日にマリンメッセ福岡で行われたフィギュアスケートのグランプリ(GP)ファイナル。男子ショートプログラム(SP)では、羽生が2位のチャンに12点以上の差をつけて首位に立った。冒頭の4回転トゥループを見事に決めると、続くトリプルアクセルもスムーズに着氷。トリプルルッツとトリプルトゥループのコンビネーションもうまく跳びきった。疲れが見えた終盤は、スピンでややぐらつく場面が見られたものの、圧巻の演技で観客を魅了した。

「ジャンプやステップ、スピンを一生懸命やろうと思っていましたし、何より楽しみながらできたと思います。点数には驚きましたけど、自分がしたかったこと、するべきことをしっかりできたことが良かったです」

 自身の演技後、羽生は冷静な面持ちでそう振り返った。今季のGPシリーズではスケートカナダとエリック・ボンパール杯で共にチャンに敗れて2位。悔しさを味わっていただけに、まだSPが終わった段階とはいえ、そのチャンに大差をつけての首位発進は満足できる結果だろう。そして、自身が選手としても人間としても成長した部分を示すことができたのは何よりの収穫だったはずだ。

羽生も実感する変化「気持ちの面で変われた」

「気持ちの持ちようが全然違う」と語る羽生。自分自身でも成長を実感している様子だ 【坂本清】

「素晴らしい選手がそろっているなかで、どれだけ自分に集中できるかが課題ですし、それが自分にとっての挑戦でもあります。勇気を持ってしっかりと足を踏み出し、集中しきれるようにしたいと思っています」

 GPファイナルの前日会見。羽生はこう語り、他の選手の演技や得点に惑わされない姿勢を示していた。まだ18歳の羽生は、良くも悪くもメンタル面で“若さ”を垣間見せることがある。理路整然とした話し方は同年代のそれとは異なり、成熟した大人であることを感じさせるが、時としてライバル選手への強烈な対抗心を前面に押し出す。昨年の全日本選手権ではこんな場面があった。高橋大輔(関西大学大学院)が2種類の4回転ジャンプに挑戦することを示唆すると、羽生はすかさず「それなら僕は3種類の4回転を来シーズンにできるようにします」と返したのだ。

 もちろんこうした負けず嫌いな一面はアスリートにとって必要不可欠。しかしその一方で、相手を意識するあまり、自身を見失ってしまっては本末転倒とも言える。今季のGPシリーズでは2戦とも世界王者のチャンと顔を合わせるとあって、明らかにライバル視していた。「パトリックに絶対勝ちたい」。その強い思いが力みとなって、スケートカナダではミスを連発。チャンに約30点差をつけられる完敗を喫した。

 それでもコーチを務めるブライアン・オーサー氏の助言もあり、エリック・ボンパール杯では立て直しに成功。SPでは自己ベストを0.05点更新する95.37点をマークすると、フリースケーティング(FS)でも4回転以外のジャンプをすべて成功させるなど総合263.59点というハイスコアをたたき出した。そしてGPファイナルにおける見事な滑りである。羽生自身もその変化を実感していた。

「過去2試合と比べて、気持ちの持ちようが全然違うと思います。スケートカナダとエリック・ボンパール杯ではSPに大きな違いがあったと思うんですけど、それにも増してエリック・ボンパール杯からGPファイナルまで気持ちの面で変われたかなと思います」

一歩ずつ成熟した大人に近づいている

あくまで冷静に自分の演技に集中する羽生がGPファイナル初制覇に挑む 【坂本清】

 6日のFSや2週間後に迫った全日本選手権に向けて「不安はない」と言い切る羽生だが、課題はある。SPでも終盤にちょっとしたミスが出たように、スタミナ面の弱点はまだ完全には克服できていない。FSでも抜群の強さを誇るチャンが、エリック・ボンパール杯で記録した196.75点に近い得点を出したとしたら、羽生は自己ベストを大幅に更新する点数が求められることになる。

 しかし、羽生はそうした周囲の心配を意に介していない。あくまでこの日と同じように自身の演技に集中することが大事だと考えている。SPの高得点にも慢心している様子はなかった。

「今日はSPの日なので喜びたいと思っていますが、明日になったら明日するべきことをやっていきたいです。いまは自分の気持ちをしっかり分析しきれているというか、自分がこういう気持ちのときにどうすればいいかというのを書き出しておいて、一生懸命やってきました。マイペースにできていると思うし、集中もしている。自分に向けた言葉を発しきれているのかなと思いますし、あまり舞い上がっていないとも思います」

 自身の気持ちに対する行動をどこに書き出しているかは言葉を濁されたが、自分の考えを言語化し、それを客観視できるようになったことは、一歩ずつ成熟した大人に近づいている証拠と言えるだろう。

 GPファイナル期間中の12月7日は羽生にとって19回目の誕生日。18歳最後の日に行われる6日のFSで、SPと同様に質の高い演技を披露すればGPファイナル初制覇、ひいてはソチ五輪への道も一気に開けてくる。「五輪は五輪で1つの試合。今回の大会はいまこのときしかない。2013年のファイナルという舞台を一生懸命楽しみながら頑張りたいと思っています」。そう語る羽生の目には確かな未来が描き出されていた。

<了>

(文・大橋護良/スポーツナビ)
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