バレンティン、AJを生んだ島国の秘密=なぜキュラソーからHR王が誕生したのか

菊田康彦

「アンドリューが変えたんだよ」

ブレーブスやヤンキースなどで活躍、今季は東北楽天の初の日本一に貢献したジョーンズがキュラソー野球を全世界に知らしめた 【Getty Images】

 父親の影響で幼い頃に野球を始めたというジョーンズは、当地では少年時代から天才的なプレーヤーとして知られていた。ミューレンスのメジャー入りを機に集まるようになったスカウトの目に留まり、彼は16歳の夏にブレーブス入り。3年後の96年に19歳でメジャーへ昇格すると、ワールドシリーズ初打席での史上最年少弾を皮切りにいきなり2打席連続ホームランを打って、一躍時の人となった。

「あれからすべてが変わった。アンドリューが変えたんだよ」
 バレンティンは以前、そう話したことがあるが、前出のジャンセンもこれに同調する。
「まだ小学生だったけど、ジョーンズがワールドシリーズでホームランを打ったのはよく覚えている。あれには興奮したね。あれでみんながキュラソーに目を向けるようになったんだ。それからだよ。ここで野球がこれだけビッグになって、メジャーでプレーする選手が多くなったのは」

 2000年代に入ると、キュラソーの少年たちは01年から9年連続でリトルリーグ・ワールドシリーズに出場。04年には初の世界王者になった。メジャーではこの年代になってから、今季までに10人ものキュラソー出身選手がデビュー。ブルワーズ傘下のハインリー・スターティアやドジャース傘下のダシェンコ・リカルドのように、これからメジャー昇格を目指すマイナー選手も少なくない。

神が与えてくれた才能のおかげ

 だが、それにしてもこの小さな島国からそれほど多くの才能が生み出される理由は何なのだろうか? バレンティンをはじめ、何人かの選手に聞いてみたが答えはどれも同じようなものだった。
「神が与えてくれた才能のおかげだろうね」
 この地で長い間スカウト活動を行っているホフステード氏に言わせると、それは決して冗談ではないらしい。
「身体的に優れているのは間違いない。子供たちを見てごらん。彼らの多くは8歳ぐらいで既に野球選手らしい体型をしているんだ。腰の位置が高くて、アスリートらしい体だろう。彼らは他のどのスポーツよりも野球に向いた体をしているんだ。それも生まれつきだよ。だから、これは彼らが持って生まれた才能と言っていい」

 つまり、キュラソーには元からダイヤの原石がゴロゴロ転がっていたということだ。もっともせっかくの原石も、誰の目にも留まらなければ埋もれたままになってしまう。その意味では、ミューレンスとジョーンズなくして今日の隆盛はなかったと言える。

第2のジョーンズ、第2のバレンティンの誕生へ

野球教室ではバレンティン(左から2人目)も炎天下の中、子供たちに熱心に指導を行っていた 【菊田康彦】

 そして、ミューレンスもジョーンズも自分たちに続く原石を磨くべく、これまで積極的に野球教室や大会などを支援してきた。今季のセ・リーグMVPを受賞したバレンティンも、各種賞金の半分をキュラソーの野球少年のために役立てたいと公言している。また、オランダ本国の野球・ソフトボール協会も設備面や用具の提供などで、継続的に援助を行っているという。

 実は冒頭の記者会見は、この日から始まった「キュラソー・ベースボールウイーク」の幕開けを告げるものであった。このイベントでは、1200人を超える子供たちを年齢によって6つのグループに分けて野球教室を行い、主催者の1人であるミューレンスはもちろんのこと、バレンティンやジョーンズら「キュラソー・オールスター」が、真夏を思わせる炎天下で熱心に指導に当たっていた。夜の部では、指導者のための講習会も開催された。さらなる野球の発展のため、こうした地道な努力が続けられているのである。

 このような姿勢が続く限り、今後もキュラソーからは多くのプロ野球選手が誕生するだろう。その中に第2のジョーンズ、第2のバレンティン、いやそれ以上の選手がいたとしても、驚くことではないのかもしれない。

<了>

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著者プロフィール

静岡県出身。地方公務員、英会話講師などを経てライターに。メジャーリーグに精通し、2004〜08年はスカパー!MLB中継、16〜17年はスポナビライブMLBに出演。30年を超えるスワローズ・ウォッチャーでもある。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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