「無気力学生」を変えた元広報マン=ラグビー元日本代表・伊藤護の挑戦

高木遊

高校時代ベンチ外の選手が「すごく楽しい」

部員と対等の立場で話し合う国学院大・伊藤護監督 【撮影:高木遊】

 ラグビーファンが「国学院」と聞けば、真っ先に花園常連校である久我山や栃木といった付属高校を思い浮かべるだろう。「国学院大学」をイメージする人は少ないはずだ。
 それもそのはず、国学院大は関東大学リーグ戦2部所属で、3年前までは3部に低迷していた。
 そんな時、大学から白羽の矢が立てられたのは、東芝の中心選手として黄金期を支えた伊藤護だった。監督に就任した2年前の春から、選手たちに熱を込め「ラグビーの楽しさ」をひとつひとつ細かく伝える作業が始まった。そして、この3年間でチームは「1部昇格」を現実的な目標にするところまで、プレーのレベルと日々の意識を上げてきた。

「練習してるとニコニコしてきちゃうんですよ」
 3年生で国学院久我山高出身の小坂正明は、日々の練習について屈託のない笑顔でこう語った。
 小坂は高校時代、スタメン出場はおろかベンチにすら入れなかったが、国学院大で「自分たちで考えている練習だからすごく楽しいんです」とみるみる成長し、今季は公式戦7試合中6試合に出場するまでになった。
 そして小坂だけでなく、私がこれまで話を聞いた選手みんなが「ラグビーが今、本当に楽しいんです」と少年のように目を輝かせて、口をそろえたことに驚いた。

「大人と大人の関係」を基本に

「僕は『やれ!』とか『ついてこい!』というタイプではなく『みんなと一緒に強くしていこう』というタイプなんです。だから電話1本でああしろ、こうしろと済ませるのではなく、現場、現場で部員の顔を見て、コミュニケーションを取らなければいけないと思ったんです」
 こう話す伊藤は就任してさっそく行動に移した。就任当初は3人目の子供が生まれたばかりだったが、寮に一時的に住み込んだ。朝に部員たちを起こし、ともに朝食を取ることから始めた。そしてグラウンド上では一方的な指示をするのではなく、「大人と大人の関係性を築く」ことを基本に、対話を重視。強豪・東芝や日本代表(16キャップ保持)で培った経験をひとつずつ丁寧に教え込んでいった。

「私はただやみくもに『低くタックルしろ!』なんて言いません。例えばタックルだったら、『相手を見て、ターゲットを決めて、前に出て、体勢を低くして……』という動作ひとつひとつの積み重ねでプレーになっているので、その動作ひとつひとつを細かく教えるんです」

CM制作などの経験が指導のベースに

 監督就任前の伊藤に指導歴はなく、現役引退後は自ら希望し配属された広報部で、福山雅治を起用した液晶テレビ『REGZA』のCM制作などを担当し活躍していた。「忙しかったけど、それはもう楽しかったですよ」と伊藤は満面の笑みで当時を振り返る。実はこの経験が指導のベースとなっていると言う。
 
「CM制作の現場って、広告代理店、クリエイター、そしてわれわれ広報担当など多くの人が携わって、『良いモノをつくろう』というチームなんです。強い個性や考えを集結させて、そこから詳細を詰めていく。そんな作業をこのチームでも今やっているんですよ」

 だから、選手たちの意見の方が正しいと思えば、そちらを採用する。試合のハーフタイムでは、まず選手たちに意見を出し合わせる。伊藤はそばで見守り、後半開始直前にそれをまとめ、チームとしての指針を示す。試合や練習の様子を見て、急きょ休養日を設定することもある。

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著者プロフィール

1988年、東京都生まれ。幼い頃よりスポーツ観戦に勤しみ、東洋大学社会学部卒業後、スポーツライターとして活動を開始。関東を中心に全国各地の大学野球を精力的に取材。中学、高校、社会人などアマチュア野球全般やラグビーなども取材領域とする。

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