驚異のスコアを生んだ「呼吸」と「膝」=フィギュア“王者”パトリック・チャン

野口美恵

心には緊張と不安 それでも崩れない基礎

音楽解釈の評価では、ジャッジ4人が10点満点 【写真:ロイター/アフロ】

 そして真骨頂ともいえる演技は、フリーだった。徹底的に呼吸法から見直した大技3連続を、落ち着いて決めていく。ステップシークエンスは、スケーティングと音楽とが完全に一体化し、チャンの身体から音楽が聞こえてくるような完成度。最後まで不安要素のまったくない演技だった。

「今回は自分への挑戦でした。実はショートが良いと、フリーは自己ベストを出せない傾向があったので、緊張したし不安でした。でも練習通りに滑れば大丈夫だと、演技中も何度も自分に言い聞かせていました」とチャン。

 結果は、ワールドレコードの196.75点。技術点が100.25と100点を超えたのも世界初。100点が満点になる演技構成点も96.50と、限界に近いハイスコアで、表現力と音楽解釈の項目は、ジャッジ4人が10点満点を出した。スコアに驚きながらも、チャンはその高得点の理由を会見でこう説明した。

「僕が子供の頃から習っていたオズボーン・コルソン先生は、伝統的なフィギュアスケートを重んじる人でした。スケーティングやエッジワークの練習が必要だと言われ、そればかり練習していたんです。特に、音楽に合わせて膝を曲げる、エッジワークと音楽を融合させるという練習をし、それができるようになると、音楽と融合しながらスピードを出すことに取り組んできました。滑りと音楽が融合していれば、振り付けをしながらでも加速できる。それが僕のスケートの強みです」

羽生、脱帽も「五輪まで努力あるのみ」

笑顔でフリーを終えたチャン。五輪へ向けてさらに滑りを磨く 【Getty Images】

 チャンの隣で受け答えを聞いていた羽生は、その盤石な内容に舌を巻いた。
「あんなすごいスケーティングしながらジャンプを全部成功されると、脱帽というか雲の上の存在。僕自身の足りない部分が浮き彫りになりました。パトリックの膝の使い方や、スケーティングで音楽を捉えるという話は、ものすごく高度な技だし、そんなことができるんだな、と勉強になりました。まだまだ今が勝負じゃない。五輪まで努力あるのみです」

 もはやチャンの不安要素といえば、これだけ早い時期にピークが来たこと。しかしチャンはプラスに考えている。
「五輪シーズンは2度目だけれど、やはり例年とは違うプレッシャーがある。この緊張感のなか良い成績を出せたという経験が自信につながる。次のGPファイナルでは、日本の強いスケーターたちと対戦して緊張感を味わえるので、全力でアタックしたい」

 特別な五輪シーズン、まだまだ展開は分からない。チャンの打ち立てた295点台という金字塔から何を学ぶかが、それぞれの五輪へのウイニングロードになるはずだ。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント