F1への登竜門・マカオの“屈辱的”現実=赤井邦彦の「エフワン見聞録」第17回

赤井邦彦/AUTOSPORTweb

期待外れの日本勢

苦戦を強いられた今年の日本勢。最高位は11位でフィニッシュした関口雄飛で、全日本F3王者の中山雄一は12位……。来年の同レースでのリベンジに期待したい。 【Masahide Kamio】

「ちょっと、どうしたんだい?」と、言いたいのを我慢してきたが、そろそろその我慢も限界にきたので、異論や叱責があることを承知で言わせてもらうことにした。

 しかし、ここまで我慢すると、「ちょっと、どうしたんだい?」ではもう済まない。ハッキリと言わせてもらうと、「日本人ドライバーは一体何をしているんだ!?」という怒りにも似た気持ちだ。
 この怒りを爆発させるきっかけになったのは、先週末に行われた第60回マカオGPの結果を知ったことだ。

 私が最後にマカオGPの取材に出掛けたのは松浦孝亮が参戦した時だからもう随分前のことになる。しかしここ数年、友人のジャーナリストが取材に出掛けており、詳しい情報が入ってくる。そして、今年もその友人がはるばるマカオまで出掛けたのだが、彼から入ってきた情報で私はもうガックリコンなのである。なにがガックリコンなのかと言えば、そう、冒頭に書いた通り「日本人ドライバーは一体何をしているんだ!?」ということだ。

世界を驚かせた日本の先人

 今年のマカオGPを走った日本人ドライバーについては、私は誰ひとり個人的に知らない。取材もしたことがない。しかし、仮にも天下のマカオGPに参戦しようという心意気のあるドライバーである。何が何でも優勝をもぎ取ってやるという気持ちで出掛けたはずだ。

 それがどうだ?

 予選からふた桁グリッドに並び、決勝レースでは誰ひとり10位にさえ入れない。英『Autosport.com』のマカオGPリポートには、日本人ドライバーの名前はひとりも出てこない。かすりもしない。こんな屈辱的なことがあっていいものだろうか?

 昔は、と言うと「また年寄りが!」と言われるかもしれないが、少なくとも昔はマカオGPでは日本人ドライバーが速さを見せつけた。何年だったか忘れたが、長谷見昌弘さんは予選5番手からスタートし、なんと1周目をトップで戻って来たことがある。結局エンジントラブルか何かでリタイアに終わるのだが、その走りは凄まじかった。
 相手はリカルド・パトレーゼやジェフ・リースといったヨーロッパ生え抜きで、後にF1に上り詰める多くのドライバー。彼らを相手に一歩も引かなかったのだからすごい。これは、私がピットでサインを出す手伝いをしていたのだから嘘ではない。

 佐藤琢磨の活躍は記憶に新しい。彼は2000年と2001年にマカオに挑戦し、初年度はリスボアコーナーでスタート直後にクラッシュ、しかし2年目は見事に優勝を飾った。日本人ドライバーとしては初の快挙だった。その後、2008年には国本京佑も勝っている。

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著者プロフィール

赤井邦彦:世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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