山口螢がもたらした中盤の安定感=鉄板ボランチの後継者になれるか?

元川悦子

予感していなかった突然のスタメン

強豪オランダとの大一番でフル出場した山口。気の利いたプレーでバランスをとっていた 【VI-Images via Getty Images】

 10月のセルビア・ベラルーシ2連戦で無得点連敗を喫し、窮地に瀕した日本代表。岡田ジャパン時代の2008年からコンビを組んできた遠藤保仁(ガンバ大阪)と長谷部誠(ニュルンベルグ)の「鉄板ボランチ」にミスが目立ち、有効なパス出しができない中、ベラルーシ戦の後半から出場した山口螢(セレッソ大阪)の鋭い出足とボールへの寄せの激しさは異彩を放った。彼の存在によって中盤に少なからず落ち着きがもたらされたことで、「山口螢待望論」がにわかに高まりつつあった。

 アルベルト・ザッケローニ監督も7日のオランダ・ベルギー2連戦のメンバー発表の際、「新たな選手を積極的に試してみたい」と意欲的にコメントした。だが、石橋をたたいて渡る傾向の強い指揮官が、FIFAランク8位の強豪・オランダ相手に遠藤・長谷部のコンビを起用しないとは考えにくかった。山口螢本人も「スタメンは全然、予感していなかった」と本音を打ち明ける。

 しかしながら、試合前に配られた先発のリストには彼の名前が書かれていた。7月の東アジアカップ・中国戦(7月21日)で初キャップを飾ってから7試合目。欧州組フルメンバーがそろった状態で、山口はようやく先発のチャンスを得た。ダブルボランチの並びは右に山口、左に長谷部。長谷部がアリエン・ロッベン(バイエルン・ミュンヘン)のカバーに行くという意図があり、左右のポジションを入れ替えて試合に入ったという。

気の利いたプレーでバランスを取る

「スタメンはミーティングで言われた。急だったので準備ができていなくて、最初はかなり緊張がありました」と言う山口だったが、キックオフ早々に思い切った攻撃参加でFKを手にする。5分には左サイドをえぐった清武弘嗣(ニュルンベルグ)の折り返しに反応して強烈なシュートを打ちに行き、アグレッシブさを前面に押し出す。その一方で、不用意なパスをラファエル・ファン・デル・ファールト(ハンブルガーSV)にさらわれ、ロッベンに強烈なシュートを打たれた前半11分の場面のように、何度かミスを犯す。とりわけ、マークしていたファン・デルファールトの対応には苦慮する姿が目についた。

「ファン・デル・ファールトは前後半通して中途半端な位置にいて、前半は特に捕まえ切れなかった。後ろとのかみ合わせやハセさん(長谷部)を前に行かせた方が有効だろうという考えがあって、チームとしてプレスをかけにいった時も自分はあまり前に出られなかった。それも守備を難しくしたと思います」と本人は淡々と振り返った。直接的なミス絡みではなかったにせよ、ファン・デルファールトに1ゴール1アシストの大活躍をされたのは、山口にとって不本意だったに違いない。

 それでも、前半終了間際に大迫勇也(鹿島アントラーズ)の値千金の1点目をアシストした長谷部が「螢は目立つプレーというより、気の利いたプレー、要所要所で利くプレーを前後半通してしていたと思う」と若きボランチの黒子としての働きを高く評価したように、山口が後ろで確実にバランスを取っていたから、長谷部が思い切って出ていけた部分は確かにあった。2人のコンビも悪くなく、新たな可能性を感じさせた。

 迎えた後半、日本は遠藤と香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)が登場し、山口は遠藤とのボランチコンビを形成するようになる。オランダの配球役を担っていたナイジェル・デ・ヨング(ミラン)が負傷交代したことも追い風になり、試合展開は劇的に変化した。日本はハイプレスで相手を凌駕し、次々と攻撃のチャンスを作る。山口は遠藤とともに最終ラインに下がってビルドアップに参加。内田篤人(シャルケ)と長友佑都(インテル)、後半から出てきた酒井高徳(シュツットガルト)らサイドバックに高い位置を取らせることに成功する。遠藤が引いた位置で長短のパス出しをしていたこともあって、山口自身が前線に飛び出す回数も前半より増えた。

「ヤットさん(遠藤)も上がりますけど、そんなにガンガン行く感じじゃないし、真ん中でゲームを作る役割が多いから、自分が積極的に出て行こうと考えていました。パートナーがどうであれ、前半からそれを出せたらもっと攻撃に厚みが加わりましたよね。それでも、今までの代表戦に比べれば、前へ行く長所はかなり出せたと思います」と山口は自信と手ごたえをつかんだ様子だった。

チームの起爆剤になる可能性

 確かに東アジアカップの頃を振り返ってみると、「自分はボールを取りに行く、プレスをかける、前に出るというのが持ち味だけど、代表では相手のボールを奪いきる、自由を奪うというチーム戦術が最優先。自分の判断で前に行けるシーン、もっと強引に取りにいけるシーンは沢山あったけど、チームの守り方があるので抑えていた」と不完全燃焼感を口にすることがよくあった。長所を出したくても出せないジレンマを彼は覚えていたのだろう。あれから5カ月が経過し、継続的に代表に合流してトレーニングやゲームを重ねたことで、行くところ行かないところの判断が明確になり、プレーにダイナミックさが出てきた。それは大きな前進だ。

 代表チームの浮沈を左右するとさえいわれたオランダとの大一番で90分間、献身的に働き、2−2のドローに貢献した新世代のボランチの台頭を、仲間たちも歓迎していた。
 本田圭佑(CSKAモスクワ)は「彼らの能力は非常に高い。大迫のゴールでFWのレギュラー争いも激しくなってきますし、中盤の僕にとっても安泰なポジションではない。しっかり結果を出し続けた選手が出られるのが代表だと思う」と新たな競争を前向きに捉えていた。山口が強力なライバルになるかもしれない立場の長谷部も「監督が違った選手を試して目に見えて競争が出てきた。チームを作るうえで競争は絶対に必要なもの」と新たな意欲をかきたてられたようだ。

 山口本人は「まだヤットさんとハセさんの間に割って入るようには思えてない。まだあの2人が不動やと思う」とあくまで謙虚な姿勢を貫いていたが、この男ならザックジャパンの起爆剤に十分なれるのではないか。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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