全日本女子が世界相手に見せた成果と課題=『新戦術』の根底にある解決すべき問題

田中夕子

大会前にあった『新戦術』への不安

グラチャンを3位で終えた全日本女子。しかし大会前には不安もあった 【坂本清】

 つないだ両手を高く掲げながら、笑顔で表彰台に乗る。
「(ブラジル戦は)スタートが良かったのでちょっと残念ですけど、今のこのメンバーでメダルが取れたこと、ロンドンの銅メダルから下げることなく、引き継ぐことができたのは、すごく良かったです」
 キャプテンとして最初のシーズンを終えた木村沙織は、悔しさをにじませながらも、柔らかな表情で成果を口にした。

 大会に臨む前の心境は、全く違った。
「不安しかない。全敗するかもしれない、と思って臨みました」

 多くの選手が、そう口をそろえたのも無理はない。
 登録14名の中でケガ人が相次いだことに加え、不安を増長させたのが今大会から新たに取り入れられた、新戦術だ。

 積年の課題であったミドルからの攻撃力不足を解消すべく、9月のアジア選手権(タイ)を終えた後、眞鍋政義監督は新たなシステムを提示した。これまでのようにミドルブロッカーの選手を2人入れるのではなく、対角にウィングスパイカーの選手を入れる布陣で臨んだ。

長岡のけがで急遽、迫田バージョンへと変更

『新戦術』の鍵を握った迫田。長岡のけがで急遽、システムが変わった 【坂本清】

 対象となったのは迫田さおりと、長岡望悠の2選手だ。
 ともにレセプションは免除された攻撃型のウィングスパイカーであるため、同じタイプの江畑幸子が入る際にはリザーブに回る機会が多かった。しかし、この攻撃力を生かさないのはもったいない。本格的に新たなシステムが始動したのは10月の北海道・士幌合宿からだった。

 最初の構想では、ミドルの位置に長岡望悠を入れ、長岡の機動力を生かすことに重きを置いた。しかし、ワールドグランドチャンピオンズカップ(グラチャン)の開幕が数週間後に迫る頃、長岡が左足首を捻挫。大会に参加できないほどの重症ではなかったが、急遽、長岡バージョンから迫田バージョンのシステムへと切り替えられた。

 国際大会で新たな試みに取り組み、どれだけ通用するかを見極める。それも重要な目的ではあるが、組み合わせ方が30にも及ぶほどの新たなシステムを用いることによって、練習ではディフェンスに穴が生じる場面も目立った。アウトオブポジションから確認しなければならないことも多々あり、「本当にこれが通用するのか」、直前まで選手たちの不安は消えなかった。

迫田の活躍で「新戦術」への期待が高まる

ロシア戦の勝利で「少し自信が持てた」と語った眞鍋監督(右) 【坂本清】

 その不安が払拭されたのは、初戦のロシア戦だ。
 同じ所属チームでプレーする中道瞳が「世界トップレベルの一級品」と称賛するファーストテンポのバックアタックが、ロシアのブロックが完成する前に次々決まり、日本に得点をもたらした。

 相手ブロッカーが迫田のバックアタックに警戒を強めることで、これまで常に厳しいマークに対峙していた木村、新鍋理沙への警戒が薄れる。サイドに偏りがちであった攻撃パターンにも変化が生まれ、迫田の対角に入った大竹里歩も含め、中道を除く5人の選手が満遍なく得点を取る理想的な展開へとつながった。

 試合後、眞鍋監督が「まだ1試合を終えただけとはいえ、少し自信が持てた」と安堵したように、日本にとって初戦の勝利は、結果以上に大きな意味をもたらした。

 タイ、ドミニカ共和国といったタイプの異なる相手に対しても、迫田の攻撃は効果を発揮した。ウィングスパイカーを4人コートに入れる。眞鍋監督曰く「固定概念を覆す」新戦術は、日本にとって大きな武器に成り得るのではないか。そんな期待を日ごとに高まらせるような、鮮烈な印象を与えるものとなった。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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