上原と田沢 地元で語り継がれる英雄伝説
数十年後も消えない鮮やかな記憶の遺産

2人の活躍は10年後も、20年後も――

上原(左)と田沢の活躍は何十年後も地元ボストンに語り継がれていくだろう
上原(左)と田沢の活躍は何十年後も地元ボストンに語り継がれていくだろう【写真は共同】

 今から10年後も、20年後も――。節目の年が来るたびに、上原浩治と田沢純一はボストンに呼び戻され、大歓声を浴び続けることだろう。

 レッドソックス対カージナルスという名門同士の対戦となった2013年のワールドシリーズは、4勝2敗でレッドソックスが勝利を飾った。地元で1918年以来となる世界一を決めた米国時間10月30日の第6戦でも、上原、田沢のデュオは再び見事な投球を披露。ときに辛辣になりがちでも、勝ったときには英雄のように崇めてくれるボストンの街で、2人の活躍は永く語り継がれていくに違いない。


「自分が抑えになるとは思ってなかったし、(優勝投手になる)経験もほとんどないですから、今年だけで4回経験できて凄い良い1年でした」

 そう語った上原はプレーオフを通じて13試合に登板して合計7セーブ、自責点は1のみで、防御率は驚異の0.66。ワールドシリーズでも6戦中5戦に登板し、レッドソックスの絶対クローザーとして君臨し続けた。


「あー長かったですね。やっと休めます……」

 試合後のそんなコメントにも実感がこもって感じられた。

 これまで毎年のように故障に見舞われて来たガラスの右腕が、今年はレギュラーシーズン、プレーオフを通じて自己最多の86試合に登板。シーズン後半からセンセーショナルな活躍で魅せ、その名も全国区になったが、同時に莫大なプレッシャーを感じていたことは想像に難くない。

 しかし重圧下でも力を発揮し続けた精密機械は、結局はシーズン、地区シリーズ、優勝決定シリーズ、ワールドシリーズのすべてで優勝投手になった。その過程で“終盤にはウエハラがいる”という安心感を与え続け、ボストニアンにとっての最高の心の拠りどころと呼べる存在にまでなったのである。

田沢の働きには千金の価値

 そんな守護神への橋渡し役として、相手チームの最強打者キラーとなった田沢の働きも忘れるべきではない。

 レイズとの地区シリーズではエバン・ロンゴリア、ウィル・マイヤーズ、タイガース相手の優勝決定シリーズではミゲール・カブレラ、そしてワールドシリーズではマット・ホリデイ、アラン・クレイグといった強打者とばかり対戦。走者を得点圏に置いた登板も多く、まさに修羅場の連続。まるで5重塔を1段上がるごとに強敵が用意されるジャッキー・チェンの映画「スパルタンX」を見るかのようで、田沢のいるマウンドは常にスリリングだった。


「打者1人(の対戦が多かった)と言われればそれまでかもしれないですけど、(強打者を抑えたことを)評価してもらえれば嬉しいかな思います」

 確かに対した打者の少なさがゆえに上原ほどは注目されなかったが、貢献度はブルペン内ではその守護神に次ぐレベルだろう。プレーオフを通じて、一打を許せば主導権を渡しかねないシーンでの流れを断ち切り続けた。


 今季最後の登板となったワールドシリーズ第6戦でも、7回裏2死満塁で4番のクレイグを迎えたところで登場。4回までに6点を奪って楽勝ムードだったゲームの中で、唯一の山場があったとすれば1点を返された直後のこの場面だった。

 しかしここでも田沢はクレイグをきっちりと一塁ゴロに討ち取り、五重塔の最終ボスを難なく撃破。27歳の若武者はカバーに入った一塁ベース上でガッツポーズを見せ、事実上、シリーズはここで終わった。


 最終決戦では上原と同じく5試合に登板し、2回1/3を1安打3奪三振で無失点。プレーオフ通算でも13試合で7回1/3を投げて、防御率1.23、6奪三振を奪った。そして、そんな数字が示す以上に、ピンチで相手の看板を力でねじ伏せ続けた田沢の働きには千金の価値があったと言って良い。

杉浦大介
杉浦大介

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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