IDでもっと便利に新規取得

ログイン

町田樹 あえて選んだストレスばかりの環境
その決断の真意
GP開幕戦で優勝を飾った町田。ソチ五輪代表へ、印象強い演技を見せた
GP開幕戦で優勝を飾った町田。ソチ五輪代表へ、印象強い演技を見せた【坂本清】

 ソチ五輪シーズンの本格的な開幕となるGPスケートアメリカが、10月18〜20日、デトロイトで開かれた。男子は、町田樹(関大)が自己ベストを大幅に上回る265.38点で優勝し、五輪代表に向け一歩前進した。昨年の全日本選手権9位の大敗後、何が町田を変えたのか。成長の裏側にはある「決意」があった。

「米国の良い練習環境に依存していた」

 昨季は、希望と失望のあふれるシーズンだった。GP初戦3位、2戦目の中国杯は高橋大輔(関大大学院)を抑えて優勝したものの、GPファイナルは最下位、全日本選手権は9位で、世界選手権はおろか四大陸選手権にも派遣されずシーズンが終わった。五輪代表レースで厳しい立場に追い込まれた町田は、1月からの3カ月間、自分と向き合う日々を過ごした。


 ここ数年、好成績もあるが、転落もする。2010年はネーベルホルン杯で4回転ジャンプを成功させて優勝するも、その後調子が上がらず全日本選手権は6位。2011年からは拠点を米国に移し技術を磨いたが、昨季も調子の波を抑えることができなかった。


「自己改革を考えた時に、米国の良い練習環境に依存しているんじゃないかと思い当たりました。大学も休学しているし、一日中滑れる氷があるのでいつでも練習できる。ストレスなくスケートをしていました。でも僕に必要なのは、根本的に考え方を変えて精神的に強くなることだ、と考えたんです」

 そこで町田は、あえて困難な道を選ぶことにした。それは、関西大学に復学し勉強とスケートを両立させること、そしてリンク事情の悪い日本で練習することだった。


「すべての生活スタイルを変えました。朝5時前に起きて授業前に2時間練習。眠くて身体が思うように動かない。そのあと大学の授業にまる一日出て、夜9時からの夜練の頃にはすでに疲れている。レポートなんかもある。ストレスばっかりの環境です。だからこそ、自分をコントロールして、その時にできる最大限のことをやろうと考えて過ごしました。試合でもベストのコンディションで臨めることなんて滅多にないですから。そしたら少々のことじゃ動じないようになったんです」。夏頃には自分の精神的な変化を感じていた。

スケートの原理への立ち返り

基礎を見直し、4回転の精度も高めた
基礎を見直し、4回転の精度も高めた【坂本清】

 精神的成長の一方で、技術もイチから見直した。コンパルソリーと呼ばれる、決められた図形を描く練習を繰り返したのだ。全く同じ軌道を描くには、すべての身体部位の向き、体重のかけ方、エッジの傾斜まで同じでなければならない。「基礎からやり直す」というとスケーティングを見直すことは多いが、ここまで原理に立ち返る選手はまずいない。それでも町田は毎朝2時間、単調な練習に没頭した。


「これが本当に演技につながるの?と思うくらい地味な練習です。筋肉の付き方、関節の動きまで考えながら、どう手足を動かすと筋肉と関節はどうなるのか、自分の身体を分析していく。結果として、自分の身体に敏感になり、ジャンプで失敗しても自分の身体のどこがダメだったのか、どうすれば大丈夫か、自分で分析できるようになりました」


 精神面、技術面すべてでレベルアップした町田は、満を持してスケート米国を迎えた。ショートは構想に1年を費やした勝負プログラム。曲は「エデンの東」で、「運命は自分で切り開くというのがテーマ。五輪出場を絶対につかみ取るんだという僕自身の姿勢を表現したい」という。冒頭の4回転−3回転を完璧に降りると、最後まで力強く、そして情熱溢れる演技で会場の空気を支配した。91.18点で自己ベストでの首位発進だった。


「もう4回転は特別視するジャンプでは無くなりました」と技術面に手応えを感じた町田。この精度ならフリーも余裕で4回転を決められる――そう感じさせる内容だった。

「ストレスがあっても最善を尽くす」

男子フリー後、リュウコーチと抱き合って喜ぶ町田。ソチへ向けて、絶好のスタートを切った
男子フリー後、リュウコーチと抱き合って喜ぶ町田。ソチへ向けて、絶好のスタートを切った【坂本清】

 ところがフリー当日の公式練習で、ハプニングは起きた。スケート靴の一番上のホックが、ジャンプの着氷の衝撃で壊れてしまったのだ。靴の一番上までひもを結べないと足首の安定感がなくなり、ジャンプの感覚が変わってしまう。すぐに練習を再開したがタイミングが崩れ始め、町田は「ヤバイヤバイ」と胸の内で叫びながら公式練習を終えた。まさかのタイミングでの靴のトラブル。普通の精神力なら潰れてしまうような場面だ。ホテルの部屋に戻るとすぐに自分と対話した。


「今季はどんなストレスがあっても、いかなる状況でも、最善を尽くすと決めて練習してきた。ひものキツさが変わるくらい、棄権するようなトラブルじゃない。もっと大きなトラブルがまだ大事な試合で起きるかもしれないんだ。やるしかない」


 練習環境をあえて悪くし、ストレスを受けとめてきた日々を思い出した。本番を迎えるころ、力強いまなざしが町田の目に戻っていた。


 フリーでのジャンプは、4回転2本を含め全部で8本。4回転は、1本はクリーンに成功、1本はバランスが崩れそうになったが片足で踏ん張った。靴が壊れているため全ジャンプとも感覚が変わってしまうが、8度の試練で一度もめげることはなかった。結果は、自己ベストを大幅に上回る265.38点での優勝だった。


「恐怖と不安と戦っていました。でも強くありたいと願うこと、自分が思い描く光に向かって手を伸ばすことが重要だと思います。このストレスの中でこの演技ができたことは自信になりました。でもスタートしたばかりなので、この結果には自分自身が疑心暗鬼です。気を引き締めてロシア杯やGPファイナル、全日本へと向かいます」


 靴のトラブルを乗り越え、自己ベストでの優勝。それを喜ぶ気の緩みさえなく、町田のまなざしは、ただひたすらソチへと向かっている。


<了>

野口美恵

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

スポナビDo

新着記事一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント