2020年東京オリンピック招致活動の裏側

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提供:(公財)日本ラグビーフットボール協会

元NHKアナウンサーでもある山本教授が2020年東京オリンピック招致活動の裏側を語った 【スポーツナビ】

 公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と日本ラグビー協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」の第36回が9月30日、東京都・麻布区民センターで開催され、元NHK解説委員で法政大学スポーツ健康学部教授の山本浩氏が「2020東京オリンピック・パラリンピック招致活動を振り返る」をテーマに講演した。

 山本教授は「きのうの晩、招致関係の方たちとぶどう酒を飲みながら話を聞いたんですが……」と切り出すと、知られていない“裏話”などを、元アナウンサーならではの軽妙なトークを交えながら展開。その興味深い内容にフォーラム参加者からは時に驚きの声が上がり、時には大きな笑いが起きるなど、五輪招致活動の裏側がうかがい知れる有意義な1時間の講演となった。

投票が9月4日だったら東京の招致はなかった

 五輪の招致活動には、「メディア戦略」「世論戦略」「IOC戦略」の3本柱がある。東京都は、コンパクトな施設配置やテクノロジー、震災復興、おもてなし精神などを訴えかけていった。しかし、投票の直前になって、「訴えかけたすべての言葉に雲がかかってしまった」(山本教授)のが汚染水問題だったという。

「きのう、ある幹部がこう言っていました。9月4日に投票が行われていたならば、東京の招致成功はなかっただろう、と。4日の段階というのはすべてのメディアがおしなべて汚染水の問題を取り上げている時期で、CNN、NBC、ニューヨークタイムズといった世界のテレビ、新聞が上から3項目くらいまでに伝えるニュースでした」

 しかし、投票前日の6日には「G20」が世界のトップニュースに躍り出る。東京への逆風が弱まった中で投票は行われ、結果はご存知のとおり2020年五輪開催地は東京に決定した。
 東京をはじめ、マドリード、イスタンブール、それぞれの都市に弱み・強みがあった中で、東京が選ばれた勝因には『総力』が挙げられると山本教授は語る。

「『総力』とはなにかと言いますと、世論、競技団体、さらには経済界、そして政官界、これらが一緒になって歩みをそろえながら前へ進んだこと。これを『総力』と言います」

 その中でも山本教授が注目したのが世論の力だ。これらを『自力』とするならば、『他力』というものもある。『他力』というのは他の都市の抱える不安要素のうち、票を東京に切り換えさせる要因になった案件だ。
 例えばイスタンブールなら反政府運動の高まり。「アジアと欧州の架け橋になると言いながら、市民の間に橋をかけられなかった」ことや、頻発したドーピング事例。マドリードでは、失業率27%に見られる財政危機だ。投票直前の8月下旬に山本教授は実際にマドリードを訪れており、そこで見た「あまりに安い招致活動の展示」に驚いたという。

 また、ここで興味深い話も飛び出した。「IOC委員が入れる票のおよそ5分の1ぐらいは、その委員の奥さんや旦那さんが決めていると、まことしやかに伝えられている」というのだ。IOC委員の妻や夫でスポーツにあまり関心がない人がいたとする。そうした人の中には、五輪開催中にショッピングが楽しめる街なのか、歴史的・芸術的価値のある建造物が豊かな都市なのかを大切にすることがあるというのだ。五輪とは別の部分で魅力ある都市かどうか。そこに力点を置いて票が投じられることもあるとなれば、「必ずしも節約型の五輪がIOC委員の方々すべての気持ちに沿うということでもない」と、山本教授は指摘している。
 さらに、マドリードが抱えた問題として、イギリスとスペインの間で領有権の争いがある「ジブラルタル問題」も挙げていた。

IOC委員の投票行動には『総論』と『各論』がある

 ライバル都市もそれぞれ問題を抱える中、東京は世論にもIOCにも大きな影響を与えた汚染水問題を背負って投票の期日を迎えるわけだが、いざ投票となるとIOC委員の行動に訴えかけるものには『総論』と『各論』があると、山本教授は説明する。

「『総論』というのは、理想の五輪を開催するためにはどの都市が選ばれるべきなのかという判断によるもの。一方で『各論』というのは、利益ベースで考えるとわかり易い。『この都市で開催されることが帰属組織(国や所属団体)の意向に沿う・利益をもたらす』ものを『各論I』とするならば、『各論II』という、「この都市に入れることが自分の利益にかなっているかどうか」を大切にしたやや狭い考え方もある。「例えばある国際競技団体の専務理事だったとしますと、自分たちの国際競技団体にプラスになるかどうかを判断して票を投じる場合は『各論I』に従うことになりますし、自分の家族にとってこの都市の方が都合が良いとなれば、『各論II』を考えた投票と見ることができる。大きく分けて、『総論』で投票するのか、『各論I』なのか『各論II』なのか、IOC委員のそれぞれがそれぞれの見識で投票することになっているわけです」

 こうした視点に立って今回の投票をみれば、総論で票を投じた委員が多かったのではないかというのが招致活動に当たった人たちの感触だ。ただし、投票は無記名で絶対の秘密。実際のところ各委員がどのような理由でどの都市に投票したかは、「はっきりしないのが招致活動の実態なんです」と山本教授は付け加えた。

2016年の敗退の経験を生かした周到な招致活動

 IOCは、五輪立候補都市に何を求めたのか。「その都市で五輪が開催されることで、五輪がどう発展し変化するか。逆に、五輪を開催することでその都市がどう発展し変化するか」を示せ、ということ。3都市に直接突きつけられた文言ではないが、現在のIOCは取り巻く競技団体にも同じような投げかけをくり返している。五輪と団体・組織とがお互いに発展・繁栄できるのかを重視する時代になっているのだ。
「実は東京都が立候補するときに、頭をひねったのがこの部分でした。『理念』といわれるものがそれでしたが、つまり東京が五輪を開催することで五輪になにをもたらすのか、一方で東京は何が変われるのかを端的に表す言葉を示すことでした」と、山本教授は明かす。
 これを3つの都市に当てはめると、それぞれの凹凸が浮き上がってくる。マドリードの場合は五輪を開催することで財政再建が見込めるが、五輪がどう変わっていくのかが見えていなかった。イスタンブールの場合はアジアと欧州をつなぐことができる、世界での認知度を勝ち取ることができると、両方ともそれなりの答えを持っていた。

 それでは東京はどうだったか?
「質の高い競技運営で五輪の商品価値を高めるという経済面での強みを前面に出し、一方で東京、ひいては日本は景気の回復と震災復興が見込める、というように明確に整理されていました。国内のメディアには、説得力の強いメッセージには見えなかったようですが、IOCに対しては十分だったのです」

 また、2016年の敗退の経験を生かし、今回は周到な招致活動が行われていたと、山本教授は説明する。その中には「計算もあったが、『偶然』の力もあった」という。『偶然』のひとつがロンドン五輪での日本人選手の活躍。メダリストによる銀座パレードは予想を大きく上回る50万人の賑わいで、世論が東京招致に一気に傾いた。この“熱”を冷まさないように、招致委員は常にキャンペーンを打ち続けた。
 そしてもうひとつ、招致活動にとって大きな力となったと山本教授が強調するのが、平成23年8月に施行された『スポーツ基本法』だ。

「この基本法ができたことで、国も腰を上げることができたわけです。総力をあげる意味でも大きなバックグラウンドになりました。国が一丸となって動けたその背景に、スポーツ基本法があったことは忘れていただいては困りますね」

 この基本法をもとにした政界の動き同様、経済界の働きかけも早く、そしてスポーツ界も東京招致に向けて継続的に活動。これら招致委員の活動の一例として山本教授は、アフリカのIOC委員、中東の重鎮の影響力などを軽妙に紹介し、“票の流れの複雑怪奇”を明かして会場を大いに盛り上げた。

言葉が人を動かす時代に

 2020年東京五輪開催決定により、その前年に日本で開催される2019年ラグビーワールドカップ成功に向けて追い風が吹いた、と語る山本教授。ラグビーW杯、東京五輪で確実な成功を収めるためにも、「スポーツの再評価」「スポーツのコミュニケーション能力」「スポーツのフェアネスを社会全般に持ち込むこと」を高めることを挙げ、競技レベルの強化の観点から「“人を選ぶ”ことが大事な時代になる」と強調する。さらに話は、日本と欧米に見る盲導犬の育成方法の違い、元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシム氏の指導方法の例などを挙げ、「個性、すなわち個別の能力をとことん生かす」ために、指導者・選手ともに話す力、聞く力、読み取る力といった“言葉の力”を高めていくことも重要であり、「言葉が人を動かす時代に入った」と山本教授は締めくくった。

※次ページからは参加者との質疑応答

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