スタンコビッチとの対戦を夢見て=日本代表欧州遠征取材日記(10月9日)

宇都宮徹壱

セルビアの人々はなぜ旅人に優しいのか?

ノビサドのホテル近郊を散策中、小さなコートでサッカーに興じる子供たちの姿を見かけた 【宇都宮徹壱】

 セルビア共和国、ボイボディナ自治州最大の都市・ノビサドに滞在して今日で2日目。前夜に雨が降ったらしく、朝起きてホテルの窓から外を眺めると、石畳が冷たく濡れていて、上空はどんよりとした雲に包まれていた。いかにも東欧の秋といった感じの陰鬱(いんうつ)さである。「今日の練習は雨かな」と覚悟していたが、次第に雲間から薄日が差すようになり、午後には青空がのぞくようになっていた。11日のセルビア戦当日も、これぐらい気持ちのよい天候であってほしいものだ。

 さて、当地を取材している同業者から、このところ「セルビアって、割といいところですね」という話を耳にすることがあり、まるでわが事のようにうれしく思っている。好感を持たれている理由をいくつか挙げると、(1)食べ物がおいしく、しかも物価が安い。(2)英語が通じるのでコミュニケーションが取りやすい。(3)とにかく親切で温かい。いずれもまったくその通りで、だからこそ私は15年以上にわたり、この国を事あるごとに訪れているのである。

 それぞれの理由について考えてみよう。まず(1)だが、食事がうまいのは、肉や魚や野菜などの食材に恵まれている上に、オスマン・トルコの影響を強く受けていることが大きいと思う(トルコ料理は言うまでもなく、中華料理、フランス料理に並ぶ世界三大料理のひとつである)。また物価が安いのは、EU(欧州連合)やユーロの影響を受けていないことに尽きるだろう。かつての東欧諸国の多くがEUに取り込まれる中、セルビアはずっとその域外に置かれていたため、物価はさほど上昇することなく今に至っている。

(2)と(3)については、セルビアを含むバルカンの地が長年にわたり、さまざまな民族が行き交ってきたことに起因していると思われる。もちろんその中には、凄惨(せいさん)な戦闘もあったわけだが、むしろ異民族同士が平和的に暮らしていた時代のほうが長かった。われわれのような遠い国からやって来た人間に対して、彼らが一様に親切である一番の理由は、旅人を大切にし、どんな民族に対しても寛容であろうとする、この国の成り立ちそのものに起因しているように思えてならない。26以上もの民族が暮らしているボイボディナ自治州であれば、なおさらであろう。

スタンコビッチとの対戦を夢見る長友

トレーニングを終えてランニングする長友(手前)。スタンコビッチとの対戦が今から楽しみ 【宇都宮徹壱】

 この日の日本代表のトレーニングは、冒頭15分のみの公開であった。前日に引き続き遠藤保仁は別メニュー。おそらくセルビア戦での出番はないだろう。一方、疲労のため練習を休んでいた長谷部誠は、この日は元気な姿を見せていた。遠藤不在の可能性について尋ねられたキャプテンは、「ヤット(遠藤)さん、ホタル(山口蛍)、ハジ(細貝萌)、そして僕、皆それぞれに特徴がある。誰と組んでもしっかりゲームできる自信はあります」と、チームとして不安がないことを強調していた。

 トレーニング後のミックスゾーンでは、セルビア代表の印象に関する質問が多く聞かれた。特に記者が集中したのは長友佑都。所属するインテルで共にプレーしたデヤン・スタンコビッチが、この日本戦で限定的に招集されることが決まっていたからだ。すでに2011年に代表からの引退を表明、今は所属チームもないスタンコビッチにとっては、セルビア代表最多記録となる103キャップ目を刻むであろうこの日本戦が、事実上の引退試合となる。この件について質問された長友は、やや慎重な面持ちでこう語った。

「彼とは2年半くらいプレーしたけど、素晴らしい選手であったこと以上に、人間としても素晴らしかったです。僕がインテルに来て、何も分からない状態のときに、すごく助けてくれました。彼の引退試合に、こういう形で対戦できるというのは本当に幸せです。たぶん彼は、僕の日本代表の姿を見たことがないと思うんですよね。日の丸を背負って成長した長友佑都の姿を、ぜひ見せたいと思います」

 私が初めてスタンコビッチのプレーを間近で見たのは、まだ国名がユーゴスラビアだった99年。20歳になったばかりの若武者であった。そんな彼がキャリアの晩年に、名門インテルにやってきた日本代表の規範となってくれたのだから、実に感慨深い。

 どのポジションで起用されるかにもよるが、スタンコビッチと長友の夢のマッチアップが実現することを、私も心待ちにしたい。

<翌日につづく>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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