天才と呼ばれ続けた前田智徳への「誤解」=無骨で無口な侍が引退で見せた素顔

ベースボール・タイムズ

泣いて、笑って、名前を叫び続けた引退試合

現役引退した前田智。“天才”“侍”といったイメージが強いが、素顔の前田智は決してそうではなかった 【写真は共同】

「前田智徳は、誤解されている」

 2005年、広島球団はそんなコピーのポスターを作った。2度のアキレス腱手術など、度重なる故障から這い上がった、無骨で無口な“サムライ”――。前田のそんなイメージは、引退を表明した9月27日から、確かに「誤解」だったように思えてくる。

 10月3日、前田智徳の引退試合が行われた。試合前には、2人の息子がバッテリーを務めた始球式が行われ、両親と妻と娘、前田の担当スカウトだった村上孝雄スカウト部顧問などが見守った。

 試合では8回裏に代打で登場し、3球目に前田らしいセンター返しの打球を放った。ワンバウンドして大きく跳ね上がった打球は、残念ながらピッチャーの小熊凌祐のグラブに収まるピッチャーゴロ。9回表には、08年以来5年ぶり、マツダスタジアムでは初となる守備に就いた。2死から森野将彦のライト線への打球を処理。続く平田良介は、明らかな右狙いで計6球のファウルを放ったが、最後はセカンドゴロに倒れた。ファウルのたびに打球を追ってダッシュする前田に対して、客席からは歓声が起こった。

 試合後の引退セレモニーでは、最後のあいさつで「この広島で、そして広島東洋カープで、いちずに野球ができたことを誇りに思います」と語り、場内には涙を流す人が多く見られた。グランドを1周して、ファンへの最後の別れが終わった後の胴上げでは、背番号にちなんで1回のみの胴上げが、スタンドからのリクエストで2度行われた。前田のために集まった今季最多の3万2217人が、泣いて、笑って、名前を叫び続けた引退試合は、これまで経験したことのない感動的なものだった。

45分間の“独演会”……引退表明以降、饒舌に

 チームが初のクライマックスシリーズ進出を決めたのが9月25日。その2日後に、前田は引退を表明した。引退会見で前田は、長々と報道陣の質問に答えた。時間にして55分間。この日を境に、前田はまるでつき物が落ちたように、饒舌(じょうぜつ)になった。報道陣の呼びかけに必ず応えるようになり、足を止める事も多くなった。

 最後の東京遠征で関東のファンに別れを告げた後、マツダスタジアムでの全体練習に参加した10月1日には、練習後に報道陣を相手に、45分間の“独演会”を行った。内容は、何度も爆笑が起こるユーモアにあふれたもので、“求道者”、“堅物”といったイメージは、どこにもなかった。最後の打席については「ゴロを打つのだけは避けたいです。内野フライか……、できればファウルフライ」と自虐的なコメントで、周囲を笑わせた。

“独演会”では、緒方孝市打撃コーチから、引退試合前日の試合出場を打診されたことも明かし「丁重にお断りしました」と、拒否の姿勢を見せていた。しかし、当日は「お客さんがたくさん入っていたし、ベンチに入っていたのだから、準備はしておくように伝えていた」という野村謙二郎監督が代打で起用。一度もバットに当たらず空振り三振に倒れ、「球が見えなかった。明日があるので、ケガをせずに終わって良かった」とやや不満そうに語ったが、最後は「また会いましょう」と、明るくロッカールームに消えた。

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著者プロフィール

プロ野球の”いま”を伝える野球専門誌。年4回『季刊ベースボール・タイムズ』を発行し、現在は『vol.41 2019冬号』が絶賛発売中。毎年2月に増刊号として発行される選手名鑑『プロ野球プレイヤーズファイル』も好評。今年もさらにスケールアップした内容で発行を予定している。

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