セントウルステークスで絶対王者ロードカナロアを破ったハクサンムーン。重賞２連勝と着実に力を付けている今、いよいよＧＩスプリンターズステークスに挑む。これまでの道のり、そして現在の心境を、パートナーである酒井学騎手に語ってもらった。（取材・文：赤見千尋）

　デビュー前に初めてハクサンムーンに騎乗したとき、酒井はまたがってすぐに高い素質を感じたという。

「最初に乗ったときの体幹ですよね。馬のバランス。普通、新馬ってまだ体ができてないから芯が通ってないというか、坂路とかで乗っていても、手先だけで走っている感じで。しんどくなるとトモに力が足りないからブレてしまう。でもそういうのが全然なかったんです。もうきっちり仕上げてきたんやない？って感じで、ブレがなくてレールの上を走っているみたいでした。ドシンドシンって力強く地面をつかんで走ってて。背中が柔らかいというよりは、すごい体幹がしっかりしている馬だなって感じましたね」

　酒井がレースで連続して手綱を取るようになったのは、今年の高松宮記念から。１０番人気と低評価だったこのレースで、ハクサンムーンはこれまでと違った走りを見せることになった。

「とりあえず自分の形でレースをしようって思っていたら、直線に入ってからも『あれ？　誰もけえへん』ってビックリしたんです。最後は差されましたけど、もうひと脚使ったんですよ。それまで、直線では粘って粘ってというイメージで、もうひと脚使う感じではなかったから。『わ、こいつ伸びよった』っていう感覚があって、僕が思っていた以上に成長してたんだなって感じました」

　スピードに任せて粘り込むのではなく、直線に入ってからもう一段階ギアが替わる。この進化が、ハクサンムーンを一気にトップホースへと押し上げた。

「以前だったら、スタートして少し仕掛けた分、手綱を抑えたときにグーっとかみながら行っていたんです。でも最近は、とりあえず二の脚の勢いを付けて、そこから惰性で行こうと思ってスッと緩めると、そこで馬が気を抜くようになって。『まだ早い、まだ早い。もうちょっと行ってくれな』っていうくらい、こっちが促すのをやめるとフッて抜くんです。それがいい方に向いて、最後のもうひと脚に利いているんだろうなと。いい方にズルくなってくれたんだと思います」

　高松宮記念３着の後、休養に入ったハクサンムーンは、３カ月後のＣＢＣ賞に出走。２番人気に支持されるが、プラス１６キロの馬体重は、太目残りという不安を感じさせた。

「体重が発表されて数字を見たときに、正直『大丈夫かな』っていう気持ちはありました。だけど、返し馬に行って馬の雰囲気を感じたら、全然太目じゃないなって。全部成長分だなと思いました。最後マジンプロスパーにちょろっとやられて２着だったんで、記者の方から『太かったんですかね』って言われたんですけど、あれはマジンが強かっただけで、ムーンとしてはしっかり仕上がってました。

　デビューのころは小ぶりでプリっとした体でしたけど、そこから３０キロくらい育ったんでね。アスリートとして走れる馬って、そういう成長力もすごいんだなって思いました。それだけ成長できる体を持っているというのは大切ですから」

　続くアイビスサマーダッシュも、前回と同じ４８０キロで出走。酒井の言葉通り、プラス１６キロはすべて成長分だったのだ。ハクサンムーン４歳の夏。いよいよ完成の域に近づいてきた。

「アイビスのときは、ゲートが開いた瞬間に、『やっぱこの馬のスピードはハンパないな』って思いました。ある程度のところまで行ったら周りがアタフタ、アタフタしていて、僕はジーっとしていることができたんでね、『絶対勝ったわ』と。フォーエバーマークがスッと併せにきたときに、ムーンが何も反応しなかったんですよ。フォーエバーマークの気配でグッとハミかむかなと思っていたけど、われ関せずでした。

　僕の頭の中では１２００メートルのレースをイメージしながら乗れたんです。そのくらい力が抜けていた。今４コーナーくらいで、『はい、直線向きました』っていう感じで。いつ追い出そうかなっていう。千直は一息で走られてしまって、次の１２００メートルがしんどくなったらどうしようっていう頭があったんですけど、あの走りっぷりで『すごい馬になっちゃったな』と。あれだけメリハリある走りができるってすごいなって。千直の中でちゃんと起承転結があったんです。十分、今後につながるレースができたと思いました」

　高松宮記念、ＣＢＣ賞、アイビスサマーダッシュと、レースを重ねるごとに進化を見せ、着実にパワーアップしたハクサンムーン。この秋、さらなる強敵との戦いが待ち受けている。