苦境脱出へ、香川真司がつかんだきっかけ=ユナイテッドで臨む存在意義を懸けた戦い

元川悦子

ミスを帳消しにする同点ゴール

ガーナ戦で同点ゴールを決める香川(中央)。前半のミスを帳消しにする一発でチームを勢いづけた 【写真は共同】

 ケビン=プリンス・ボアテングやマイケル・エッシェンら主力を欠きながら、ケタ外れの身体能力を前面に押し出してきたガーナ相手に、日本はミスから先制点を献上。前半を終わって0−1という苦戦を強いられた。前半24分のアチェアンポングのゴールシーンで、ラストパスを出したアドマーを止めきれずに後手に回った香川真司は自責の念にかられていた。

「自分のミスから失点してしまった。チームとして無失点で終えたかった試合で、ああいうミスは絶対にやってはいけない。自分自身責任を感じたし、早い時間帯にゴールして逆転しなきゃいけなかった。次に切り替えて勢いがつけばいいと思いました」と巻き返しを期して、彼は後半のピッチに立った。

 並々ならぬ意欲を、香川は後半5分の同点弾という形ですぐさま示す。左の縦関係を形成する長友佑都がボールを持ちながら香川にパス。そのまま深い位置まで流れて相手を引きつけ、スペースを作った。ドリブルで中へ入り込んだ香川はその動きによってDFがやや下がったのを見逃さず、ペナルティーエリア外側から強引に右足を振り抜いた。本田圭佑に「真司のゴールはすごいなと率直に思った。僕自身もああいうゴールを取れれば、年間15点を超える選手になれる」と言わしめる個人技あふれる一発で、彼はチームの窮地を救った。

 その後、日本が遠藤保仁と本田圭佑のゴールで3−1の逆転勝利を飾れたのも、香川の決定力の高さがあってこそ。香川は10番の存在感をまざまざと見せつけたのである。
「1点をリードされてハーフタイムに入った時、『これを乗り越えられるか?』と自分に問いただし、プレッシャーをかけました。相手は疲れもあったし、前半からスペースが空いていた。正直ラインもバラバラで、簡単にゴールを取れると思った。ただ、全体の距離感がちょっと遠くて、蒸し暑さも感じたんで、前半は自分自身の動きも鈍かった。だからこそ、後半は引き締めてやろうと思ったんです。シュートシーンでは自分の思い切りのよさが全部出た。いい感覚があったから良かったです」と本人も2013年の国際Aマッチ4点目となる一撃を前向きに捉えていた。

 この1点は香川にとって単なる親善試合の1ゴールではない。移籍2年目のマンチェスター・ユナイテッドで直面する苦境から抜け出すために、彼は目に見えるきっかけを模索していた。そういう中で奪った得点はやはり大きな意味を持つのだ。
「本当にここから気が抜けない。向こうに戻って頑張ります」と言うように、香川真司は2014年ブラジルワールドカップ直前の重要なシーズンの一歩をようやく踏み出した。

クラブ内での厳しい立場

 自らを呼び寄せてくれた名将アレックス・ファーガソン監督が昨季限りで勇退し、デビッド・モイズ監督が就任した今季のユナイテッド。新指揮官の下、香川の位置づけがどう変わるかというのは日本中の関心事だった。

 6月のコンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)で3戦全敗を喫した後、彼は「プレミアでしっかり結果を残して、日本代表として国際舞台に立った時、もっともっと脅威になれる選手にならないといけない。そのためにもマンチェスターで個を磨いて、ゴールや仕掛けることを増やしていかないと厳しい。より意識を高めて1年やらないと時間はない」と発言。イングランド2年目に勝負を賭けていた。

 ところが、コンフェデ杯に出場したことでオフがずれ込み、今季の始動が遅れてしまった。7月下旬のユナイテッドの日本ツアーに出場したが、その後も国内で調整することになり、本格的に渡英したのは8月に入ってから。にもかかわらず、再び8月14日のウルグアイ戦のために一時帰国を余儀なくされた。結局、8月17日の開幕戦・スウォンジー戦はベンチ入りしたものの出番なし。その後もチェルシー、リバプール戦でピッチに立てず、公式戦をこなすことがないまま、再び帰国の途に着くことになったのだ。

 9月2日の大阪合宿初日。アルベルト・ザッケローニ監督が攻守の基本戦術を原点に戻って再徹底するトレーニングを2時間にわたって行った後、取材ゾーンに現れた香川は、気持ちを切り替え、代表2連戦に集中していた。「コンフェデ杯とウルグアイ戦をやって攻守の課題は出てますし、それに向けてしっかりトライしたい。11人全員が攻守で連動できるかという意味でいい確認ができたと思います」と努めてポジティブに話を始めた。

 だが、ユナイテッドのことに話題が飛ぶと、彼は急に顔をこわばらせた。今夏の移籍期限ギリギリに加入したモイズ監督の秘蔵っ子マルアン・フェライニのことを聞かれて「競争が厳しくなるのは当たり前。やりがいがあるんじゃないかと思いますけど」と淡々と語り、足早に練習場から引き上げていった。

 クラブ内での立場が一段と厳しくなったのは、周囲に聞かれるまでもなく、本人が誰よりも強く認識していること。香川にしてみれば「静かに見守ってほしい」という心境だったのかもしれない。同じく今季に入ってからプレミアの試合に出られなくなった吉田麻也が「メディアの人は『開幕から3試合出てない』とか言いますけど、自分の中では焦らずやっていくつもり。僕にしても真司にしても、ここから巻き返していければいいと思います」とその胸中を代弁したように、今はとにかく目の前の試合を1つひとつこなし、コンディションを高めていくつもりだったに違いない。

1/2ページ

著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント