奈良クラブの熱さを体現する岡山一成=天皇杯2回戦 神戸対奈良クラブ

宇都宮徹壱

「かえって、あいつの闘争心に火を点けてしまった」

久々にスタメンの北本(4番)がボレーシュートを決めて、神戸は前半で試合を決定づけた 【宇都宮徹壱】

 前半は神戸のペースに終始した。奈良は岡山を中心とした3バックで対抗するものの、両サイドも守備に回る時間が多く、実質的には5バックとなっている。それでも相手の攻撃を辛くもはじき返していたが、いかんせん中盤に人数が足りていないのでプレッシャーがかからない。神戸の先制点が決まったのは前半30分。左に展開した三原雅俊のパスに田代有三がクサビに入り、後方から吉田孝行がフリーの状態から右足でネットを揺らす。その4分後、今度は相手クリアボールを拾って、和田が左からクロスを入れ、これに北本が右足ボレーで反応。奈良としては、前半を0−0でしのいで後半から巻き返すプランだったようだが、やはり相手との戦力差はいかんともし難いものがあった。

 後半、奈良は岡山をFWにコンバートする。「前半は相手をリスペクトしすぎた。後半はもっと、こっちから主体的にやろうということで、岡山を前線に入れました」(矢部監督)。もともと岡山はFWの選手であり、チーム一の長身(185センチ)というのも魅力だ。しかし後半2分、再び吉田にゴールを決められて、点差は3点に広がる。こうなるとワンサイドゲームの気配が漂ってくるが、その後は何度か決定的な場面を作られるものの、なかなか神戸に4点目が決まらない。その理由について安達監督は「蒸し暑くてプレーの精度が落ちたこと」と「3点を取ったことで、あえて難易度の高いコンビネーションからのゴールを意識したこと」を挙げていた。

 いずれにせよ、点差が3点に広がったことで、神戸の勢いは止まった。逆に奈良は、前線からの積極的なプレッシングで、前半はほとんどなかったシュートチャンスを得るようになる。後半9分には野本泰崇が、28分には途中出場の安藤大介が、いずれも惜しいミドルシュートを放つものの、いずれもGK植草がファインセーブ。一方、パワープレー要員の岡山は、たびたびゴール前での空中戦に挑むも、センターバックの河本と北本との競り合いになかなか勝ち切れない。そうこうするうちに後半30分を過ぎると、岡山の運動量はめっきり落ちてしまう。無理もない。昨年9月の天皇杯以来、彼は一度も90分間プレーしていなかったのだから。

 後半87分と89分、神戸ベンチは守備固めとしてDFのキム・ソンギと林桂祐を投入。身長190センチのキムは、すでにへばっている岡山を抑えこむための、ダメ押しの起用であった。ところが「かえって、あいつの闘争心に火を点けてしまった」(安達監督)。終了間際の後半45分、稲盛睦の右からのクロスに岡山がキムに競り勝ち、見事なヘディングシュートを決めてみせた。次の瞬間、決めた岡山はゴール裏のサポーターの下に駆け寄ろうとしたものの、途中で思いとどまって自陣に引き返す。まだ、アディショナルタイムが4分あったからだ。その後も奈良は貪欲に追加点を狙ったが、神戸は相手の追撃を巧みにかわして3−1でタイムアップ。かくして、今年の奈良クラブの冒険は終わった。

「奈良劇場総支配人」の仕事はまだ続く

浦項時代以来、4年ぶりとなるゴールを決めた岡山。この人のプレーが関西リーグで見られる 【宇都宮徹壱】

「吉田選手に2点、北本選手に1点取られましたが、彼らも奈良出身なので今日は奈良のゲームだったかなと思います(笑)。とはいえ、北本に関しては、自分の高校(奈良育英)の後輩でもあるので、あとで注意しておきます(笑)」

 試合後の会見。奈良の矢部監督の言葉からは、悔しさと清々しさが半分ずつ感じられた。奈良が天皇杯でJクラブと対戦するのは今回が3回目だが、格上の相手からゴールを挙げたのは今回が初めて。その意味では敗れたとはいえ、それなりに手応えは感じられたのではないか。一方、クラブの歴史に残るゴールを挙げた岡山は、ゴール直後の状況をこのように説明した。

「(得点してゴール裏まで行かなかったのは)チームメートに止められたからです。『オカさん、まだ終わってない!』って(笑)。自分としては、0−3で終わるのではなく、1点返して一矢報いればいいかなと思っていたんだけど、みんなは残りの時間であと2点を取ろうと必死だったんですよね。だから、喜ぶ時間も惜しいと。いや、当たり前の話なんですけど、ベテランの僕があいつらに教えられた、そういう試合でしたね」

 かくして、劇的な幕切れで「奈良劇場総支配人」の天皇杯での仕事は終わった。しかし岡山からは「ぜひ、これだけは言わせてください!」とメッセージを預かったので、ここで皆さんにお伝えすることにしたい。

「さっき、サポーターにあいさつしたときに知ったんですが、ウチはまだ関西1部の残留が決まっていないんですよね(現在8チーム中5位)。なので、9月15日の鴻ノ池陸上競技場でのアイン食品戦(14時キックオフ)、ぜひ来てくださいね! 3000人集めて奈良劇場やりますから。みなさんも絶対に、取材に来てくださいよ!」

 その日は別の取材が入っているので、残念ながら私は鴻ノ池には行けない。けれども関西在住の方で「岡山劇場のその後」に興味がある方は、ぜひとも会場まで足を運んでほしい。奈良の今季最後のホームゲームで、「いいものを見せてもらった」という何かを、きっと岡山は見せてくれるはずだ。何といっても今の彼は、名実ともに「奈良劇場総支配人」なのだから。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)。宇都宮徹壱ブックライター塾(徹壱塾)塾長。

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