奈良クラブの熱さを体現する岡山一成=天皇杯2回戦 神戸対奈良クラブ

宇都宮徹壱

クルピ監督をも魅了した奈良のユニホーム

デザインに日本の伝統文様を織り込んだ奈良クラブのユニホーム。今年の柄は大和蹴球吉祥文 【宇都宮徹壱】

 ジャック・ロゲIOC(国際オリンピック委員会)会長の「トキヨ!」の発声を私が耳にしたのは、投宿していた神戸のホテルであった。6日に大阪・長居で行われた日本代表の試合を取材後、そのまま関西方面での天皇杯2回戦を取材するため、東京には戻らなかったからである。2020年の夏季五輪開催地が東京に決まったこの週末、関西方面で行われるのは4試合。万博記念競技場のガンバ大阪対FC今治、キンチョウスタジアムのセレッソ大阪対関西大学、三木総合防災公園陸上競技場のヴィッセル神戸対奈良クラブ、そして西京極スタジアムの京都サンガF.C.対佐川印刷SCである。

 万博でG大阪と対戦する今治は、四国リーグ所属ながら昨年の2回戦でJ1優勝チームであるサンフレッチェ広島を破るアップセットを演じ、大いに注目された。今治市のゆるキャラ「バリィさん」が、エンブレムに描かれていることも個人的には好感が持てる。だが、それ以上に気になるのが、三木陸で神戸と対戦する奈良であった。NHK朝の連ドラ「あまちゃん」に登場する、松尾スズキ演じる喫茶店のマスター風に言うと、「奈良クラブ、熱いよね」――。では、奈良の何が熱いのか。理由は2つ。一つは、ユニホームのデザインが極めてユニークであること、もう一つは、前コンサドーレ札幌の岡山一成がこのほど加入したこと。それぞれ詳しく述べたい。

 まず、ユニホームについて。このクラブは2011年シーズンより、日本の伝統文様を取り入れたユニホームを毎回リリースしている。11年は風呂敷のような唐草模様。12年は大小様々な水玉が入った霰小紋(あられこもん)。このユニホームは、昨年の天皇杯2回戦で対戦したセレッソ大阪のレヴィー・クルピ監督が「ぜひ私にも一枚わけてほしい」とねだったところ、試合後にユニホーム交換が実現。一見するとパジャマのようなユニホームは、クルピが経営するブラジルのレストランに展示されているという。

 そして今年は、縁起物とされる生き物(ヤタガラス、鹿、うさぎ、跳ね鯛、鶴など)を小さくあしらった大和蹴球吉祥文を発表。トラディショナルでありながらポップなデザインは、インターネット上で一気に話題となり、発表直後にクラブの公式サイトがダウンするというアクシデントまで発生している。それにしてもなぜ奈良は、これほどユニホームのデザインにこだわるのだろうか。GM兼監督の矢部次郎氏は「やっぱりウチは地域リーグのクラブですから、奈良クラブの存在を県外にも知ってもらうためには、こういった話題性は必要だと思います」と説明する。同氏によれば、あまりの斬新さに最初は抵抗感を示していた選手たちも、今では「今年はどんな感じ?」とむしろ楽しみにしているそうだ。

岡山はなぜ関西1部の奈良に加入したのか?

奈良を熱くする男、岡山一成。入団からわずか1カ月でサポーターの心をわしづかみにした 【宇都宮徹壱】

 そして、岡山の加入について。岡山といえば、試合後に独特のマイクパフォーマンスでゴール裏のサポーターと一緒に盛り上がる「岡山劇場」でつとに有名な、Jリーグ屈指のエンターテイナーである。96年に練習生から当時の横浜マリノス(現F・マリノス)でプロとなって以降、J1・J2のさまざまなクラブを渡り歩き、「昇格請負人」として4チームのJ1昇格に貢献。その間、Kリーグの浦項スティーラーズの一員として09年のクラブワールドカップ(W杯)にも出場し、3位決定戦ではゲームキャプテンも務めている。

 日本代表経験こそないものの、Jクラブの練習生からクラブW杯の晴れ舞台まで、非常に起伏の激しいキャリアを送ってきた岡山も、今年で35歳になった。そんな彼が先月、関西1部の奈良にアマチュアで契約したことに、少なからぬサッカーファンが驚いた。この電撃加入で決定的な役割を果たしたのが、前出の矢部氏である。来季のJ3入りを目指す奈良としては、やはりユニホーム以外にもインパクトがほしい。そこで思い浮かんだのが、岡山の豊富な選手経験と、ゴール裏もスタンドも「劇場」にしてしまう特殊技能であった。

 矢部氏は岡山に、こう説得したという。「奈良を(川崎)フロンターレのようなクラブにしたい。そのためには、お前の力が必要だ」。02年から04年までJ2時代の川崎でプレーしていた岡山にとり、この言葉は決定打となった。かくして川崎時代と同じ背番号32を与えられ、アマチュア選手兼クラブ職員という形で、岡山は奈良を10番目の(そしておそらく最後の)クラブに選んだ。ちなみに職員としての彼の役職は「奈良劇場総支配人」。もちろん岡山のために、新たに作られたポストである。

 そんな奈良を迎え撃つヴィッセル神戸。7シーズンぶりにJ2降格となった今季、唯一にして最大の目標は、1年でのJ1復帰である。J2では規格外と言える、ポテンシャルと経験値の高い選手をそろえ、第32節時点で首位のG大阪に勝ち点2差の2位。安達亮監督は、この試合を「次節の(V・ファーレン)長崎戦に向けた一戦」と言い切る。この日はケガ明けの河本裕之、北本久仁衛、相馬崇人を久々にスタメンで起用し、さらに控えGKの植草裕樹とU−18から昇格したばかりの和田倫季を右サイドバックで試すことを決断。相手との戦力差を考慮した、冷静なラインナップと言えよう。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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