眼前とは言えない桐生、山縣の9秒台突入=中国勢台頭で高まる日本短距離界の危機感

高野祐太

アジアナンバー1の座を中国が逆転!?

男子100メートルをけん引する桐生(左)と山縣。世界選手権では9秒台突入も期待されたが…… 【写真は共同】

 この夏、ロシアの有名どころの観光地では、ヨーロッパ人を除くと中国人の姿がかなり目立っていた。クレムリンしかり、エルミタージュ美術館しかり、エカテリーナ宮殿しかり。それでなくとも人でごった返す夏休みの人気スポットに、数十人単位の団体で押し寄せ、気を抜くと行列を横入りされそうな勢いである。かたや日本人の姿はほとんど見かけない。旅行先としての人気度も関係するのかもしれないが、こんな異国で中国語が飛び交う様子を見ていると、両国の経済状況、あるいは勢いの差をいまさらながらに強調されているようで、ちょっとおかしみさえ漂うほどだった。

 だが、そういう、さもありなんという話とは別に、あまり悠長に構えてはいられない、新たな日中間格差の表れとでも言いたくなる状況が、同じ盛夏のモスクワで露わになってしまった。舞台は陸上競技の世界選手権(8月10日〜18日)。世界一足の速い男を決める男子100メートルで、アジアではナンバー1だった日本を差し置いて、中国が決勝という夢の場面に登場しかけてしまったのである。

 日本は、桐生祥秀(洛南高)と山縣亮太(慶応大)の2人が、ともに予選落ちに終わってしまった。桐生は10秒31の2組4着で、順位で準決勝に進める3着に100分の1秒差で届かなかった。山縣は7組4着の10秒21で、着順で漏れた選手の中から追加進出できる最後の3枠目のタイムに100分の1秒足りなかった。山縣に関しては、70メートル地点で左太ももの裏が肉離れするというアクシデントが起きていたことが後日明らかにされている。

 一方で、26歳の中国のエース・張培萌は準決勝で10秒00をマークし、自身が今年4月に出した10秒04の中国記録を更新したのと同時に、日本陸連の伊東浩司男子短距離部長が持つ日本記録にも並んでしまった。1000分の1秒の着差で決勝進出は逃したが、桐生や山縣とは一段階違う悔しさだった。さらに、中国勢では蘇炳添も予選のタイムが山縣を上回る10秒16で、準決勝に進出した。米国代表の男子短距離コーチであるカーティス・フライ氏は「今後開かれる米国のスプリント研究会で、張選手は研究対象に取り上げられる」と語り、最大の陸上先進国がその速さのメカニズムに注目するほどの選手であることを指摘している。

日本男子短距離は隙を突かれた格好に

 国の経済力とスポーツの成績が相関するのは自明の理。今や中国がスポーツ大国であって、五輪でのメダル獲得数でとっくのとうに日本を追い抜いてしまっていることは、あらためて言うまでもない。
 だが、こと陸上競技に関しては、男子110メートル障害の劉翔のようなスーパースターや競歩などの一部種目を除き、まだまだ日本の方が上を行っているはずだった。ところが、今年5月には陸上の最高峰ツアーであるダイヤモンドリーグ上海大会の男子走幅跳で、李金哲が優勝するなど、実は中国勢が着実に勢力を拡大していた。

 そうした流れが、北京五輪ではリレーの銅メダルを獲得し、アジアをリードしていると自負している日本の男子短距離でも起きてしまったという訳だ。関係者が危機意識を持たなかったはずはない。17歳の桐生が今春に10秒01を出し、ロンドン五輪で活躍した山縣を合わせた2人に「9秒台突入はあるのか?」「決勝進出の可能性は?」といった期待がかけられ、戦前の話題になっていたから、隙を突かれた格好になってしまったこともショックに追い打ちを掛けた。

 日本勢はこれまで、すでに7人が10秒0台を記録しているが、伊東氏以降、その先の9秒台突入は15年間足踏みしている。一方で、張が出す以前の中国記録は、蘇が2011年にマークした10秒16。中国記録はこの2年で急速に向上したことになる。今大会の結果を素直になぞれば、黄色人種初の9秒台突入という称号を、中国の張にさらわれることは覚悟しなければならない。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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