イチローの節目はNYの新たな名シーンに=才能と努力にあらためて感謝を

杉浦大介

NYの選手、ファンが作り上げた劇的な舞台

ヘルメットを脱いで歓声に応えるイチローの姿はニューヨークで今後、何度も流される名シーンのひとつになるだろう 【Getty Images】

 これがこれまで数々の名選手に恵まれてきたチームの伝統の力か――ヤンキースの選手、ファンたちは、劇的な舞台の作り方を本当に心得ているとあらためて感じた人は多かったことだろう。

 8月21日(日本時間22日)のブルージェイズ戦、第1打席。相手先発投手R.A.ディッキーの3球目、ナックルボールを捉えたイチローの打球が、三塁手の横をきれいに抜けていく。プロ野球9年間で1278安打を放った後に米球界に飛び込んだイチローが、メジャーでも2722本目を放ち、日米通算4000安打に到達した瞬間だった。

 ヤンキースベンチから、ジョー・ジラルディ監督、選手たちが飛び出して行く。一塁ベース周辺で少し驚いたように笑ったイチローの小さな身体が、チームメートたちの波に飲まれていった。ヤンキー・スタジアムの観客席も総立ちになり、日本が生んだ最高のヒットメーカーのマイルストーンを祝った。

「4000という数字よりも、あんな風にチームメートやファンが祝福してくれるとはまったく思わなかったですね。それがとても深く刻まれました。4000という数字、記録が特別なものをつくるのではなく、自分以外の人たちが特別な瞬間をつくってくれるんだと強く思いました」

 2012年7月にマリナーズから移籍して以来、ニューヨークに意外なほどのハマり具合を見せたイチロー。それなりにアップダウンはあったが、チーム内でも確固たる居場所を確立してきた。ニューヨーカーとも相思相愛に近い関係を築いてきたが、中でもヤンキースで189本目となるヒットが、この街でのハイライトとなったことは間違いないだろう。
 ヘルメットを脱いだイチローは、深々とお辞儀をして歓声に応えた。その映像は、名場面の1つとして、ニューヨークでもこれから何度も流されることになるのではないか。

大きな意味あった4000安打を巡るプロセスや議論

 この4000本到達直前には、記録の価値を議論する声もやはり少なからず聴こえてきた。今回はアメリカでもポジティブな見方が多かったように思えるが、“日米通算”に抵抗が隠せないファンも存在したようである。

「イチローはメジャー3000安打に到達したいと思っている。だが、その前にまず(日米通算)4000本を突破しなければいけない。混乱するかい?」
 21日のニューヨーク・デイリーニューズ紙にはそんな一文もあった。当のイチロー本人も「ややこしい数字。両方のリーグの数字を足しているものですから」と語っていたくらいだから、取り扱いの難しい記録ではあることは事実である。

 実際に日米通算安打はやはり参考記録だろうし、現時点でイチローをピート・ローズ(4256安打)、タイ・カッブ(4191安打)と同列に並べるべきだとは思わない。ただ、それでも今回の大きな節目は、彼の軌跡をあらためて振り返り、才能と努力に感謝を捧げる良い機会になるという考えにも変わりはない。

 記録達成への期待度も高まって迎えた20日(日本時間21日)のブルージェイズとのダブルヘッダーでの活躍などは、イチローに注目してこの試合を観たファン、関係者を感心させるに十分だったのではないか。
 2番打者として出場した1戦目では、2安打を放ってチャンスメークを果たした。第2戦では同点の9回裏に代走で登場し、見事な三盗を決めてサヨナラ勝利をお膳立て。13年に渡ってメジャーを沸かして来たスピードスターの力量が存分に発揮された2試合だった。
 この日に限らず、通算4000安打が取沙汰される過程で、このユニークなタレントの魅力を多くのファンが思い出したはず。その点だけでも、4000安打を巡るプロセスや議論には大きな意味があった。最後はそこに地元ファンの理解と演出のうまさが重なり、また新たな名シーンがニューヨークに誕生するというボーナスまで付いたのである。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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