エース山縣離脱も残されたメダルの可能性=世界陸上400mリレー見どころ

高野祐太

男子400メートルリレーに出場予定の桐生(右)と飯塚。エース山縣が抜けた穴をカバーできるか 【写真:奥井隆史/アフロ】

 真夏のモスクワで9日間に及んだ陸上競技の世界選手権。18日にはフィナーレを飾る男子400メートルリレーが行われる。
 日本代表はメダルを含む上位を目指しているのだが、アクシデントが発生した。エース区間の2走候補だった山縣亮太(慶応大)が男子100メートル予選で左太ももの裏を肉離れし、戦線離脱してしまったのだ。山縣は桐生祥秀(京都・洛南高)と並ぶ二枚看板の一枚であるだけに、大丈夫なのかと不安に駆られてしまう。

桐生の加入で弾みが付くはずが……

 この種目は、日本が2008年の北京五輪で銅メダルを獲得し、昨年のロンドン五輪でも5位入賞。00年のシドニー五輪以降、11年の世界選手権テグ大会を除くすべての世界大会で決勝進出を果たして来た日本の伝統的な有力種目だ。ロンドン五輪の予選では、北京を上回る日本勢五輪最高の38秒07も出し、代表首脳陣が「次は、5位が悔しいという思いを持った上での世界への挑戦になる。非常に目標レベルの高いチームができていく」と、力強くモスクワを見据えていた。

 今大会で描く高い目標には、そういうベースがある。そして、何と言っても1年前と大きく異なるのは、桐生というホープが登場したことだ。“ジェット桐生”と呼ばれる17歳が4月に出した10秒01は、“高速トラック”だった分を割り引くことが実力を正しく計るために必要で、日本陸連の伊東浩司男子短距離部長が「いつまでもシーズンベストが4月下旬の記録ばかりではなかなか次へつながらない」と指摘するように、強化スケジュールのあり方にも関連する話であり、別途論じたい話題だが、ともかく極めて魅力的な数字を出せるということは恐るべき潜在能力の証に他ならない。桐生の加入が、今大会で新たな歴史を刻もうとする日本代表に弾みを付けてくれたのは間違いない。

 そこに思いもしない山縣のケガである。山縣はロンドン五輪という大舞台にも臆することなく準決勝に進んだ肝っ玉の持ち主であり、米国代表男子短距離コーチのカーティス・フライ氏が「先天的に体を速く連続運動させる能力を持っており、将来9秒8台に達する」と高く評価する逸材だ。
 それほどの“ツートップ”の一角を失った穴が小さいわけがなく、いくら日本歴代2位の10秒01と言っても高校3年の初出場ルーキーにエースの重責を担わせるのは、普通は難しいと考える。では、やはり今大会の上位進出は厳しいのか。

37秒台で走ればメダルも見える

 そこで思い出されるのが、北京五輪銅メダルのメンバーで、今大会は代表入りを逃した高平慎士(富士通)の「日本がもう一段階ステップアップするためには、誰がどの走順を走ってもOKというチームになることです」という言葉だ。以前に陸上専門ライターとのインタビューにそう答え、モスクワ以後に向けて欧州遠征を控えた今年7月にも、後輩たちに向けて同様の内容に言及した。

 「(自身が6回の世界大会で担って来た)3走は、高瀬慧(富士通)ほか、小林雄一(NTN)がやるかも(しれないし)、藤光謙司(ゼンリン)がやるかもしれない。(4走候補の)飯塚翔太(中央大)が3走に回って藤光が4走というのもありだと思うし。僕が代表に残ることで3走が固定されて走順をいじれなくなるよりは、一度リセットした形をどれだけ見せてくれるかが1つ、楽しみです。誰がどこをやっても速ければいいんです。そのためには個々の走力を上げなければならない」

 04年のアテネ五輪以降、ロンドンまで代表を張って来た男の語る“絶対エースに頼らない論”は説得力が違う。そして、今回は、奇しくも、高平の言う状況に追い込まれた格好になった。そこが観戦するときの見どころになるし、何より選手にも「誰がどこでも」の意識が芽生えていることが心強い。飯塚は200メートル準決勝敗退後に「(山縣が抜けても、)何とかできるメンバーだと思っている。『何とかしないといけない』と、みんなで話し合いもしました」ときっぱり言った。伊東部長も「過去に(パリ世界選手権で)末続慎吾くん(ミズノ)が走らなかったケースもありました。出場する限りは常に一番上を目指すチームであってほしい」と目標を下げるような考えは持っていない。

 飯塚は「勝負するには37秒台くらいは出さないといけない」とも語った。これは世界でのし上がるための重要なターゲットタイムとなる。ロンドン五輪のときは、前述の通り予選で38秒07の日本勢五輪最高タイムを出し、決勝では38秒35で5位。このときの銅メダルがトリニダード・トバゴの38秒12だった。36秒84の驚異的な世界新で勝ったジャマイカと37秒04で銀メダルの米国は別格として、37秒台に突入すれば相手チームのミスなしでも銅メダルの可能性が高くなる。北京五輪以降の世界大会での銅メダルタイムを見ても、すべてが38秒台だ。

 ライバルは、トリニダード・トバゴ、英国、フランスあたりか。中国も2枚看板(張培萌、蘇炳添)が今大会の男子100メートルで桐生と山縣以上のタイムを出す充実ぶりで、相当速いジュニアが国内にいるとの一部情報もあり、3番手、4番手が育ってくれば将来的には脅威となるだろう。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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