復活Vイシンバエワへの鳴り止まない拍手=“エレーナ劇場”は終わらない

スポーツナビ

割れんばかりの歓声と拍手

観客の止まない拍手と声援に笑顔で応え続けたイシンバエワ。ロシアでは圧倒的な人気を誇る「本当のスーパースター」だ 【Getty Images】

 陸上の世界選手権第4日は13日、ロシアのモスクワで行われ、女子棒高跳決勝では、5メートル06の世界記録を持つ地元ロシアのエレーナ・イシンバエワが4メートル89で優勝。2007年の世界選手権大阪大会以来となる3つ目の金メダルを獲得した。

 リズムある助走から、ポールを突き刺すと、しなりの反動で体が持ち上がる。真っすぐ天に向かって足が上がっていくと、ふわりと体が浮いて、悠々とバーを越える。体が落下し、マットに着地すると、すぐに立ち上がり両手を挙げてガッツポーズを作った。
 その瞬間、会場は割れんばかりの歓声と拍手が起こる。会場は大『エレーナ』コール。イシンバエワは観客席に向かって、声援に応えると、さらに大きな歓声が注がれる。

 その後、最大のライバルと目されたジェニファー・サー(米国)が3度目の失敗。そして、キューバのヤリスレイ・シルバのバーが落下した瞬間、再びスタジアムが歓声に包まれる。イシンバエワの金メダルが決まった。満面の笑みで観客の声援に応え、コーチと抱き合って喜ぶ。その後、5メートル07に挑戦するも失敗。しかし、観客からの温かい拍手と声援は鳴り止まず、いつまでも“エレーナ劇場”は続いていくようだった。

「本当のスーパースターはイシンバエワだけ」

今大会一番の人出になった女子棒高跳び決勝。結婚を機に起きたイシンバエワの“引退騒動”もあって、ロシア中が彼女の跳躍に声援を送り続けた 【Getty Images】

 イシンバエワは、04年のアテネ五輪、08年の北京五輪を2連覇、世界選手権は05年のヘルシンキ、07年の大阪で2連覇を飾った。その後、世界大会での金メダルはなかったが、地元ロシアで行われた今大会ではきっちりと金メダルを獲得。05年に初めて女子として5メートルの高さを跳ぶと、その後20回以上、世界記録を更新してきた希代の“ワールドレコードアーティスト”。五輪、世界選手権以外の大会でも数多くの金メダルを獲得し、その実績から世界中の人々が彼女の名前と、その美貌を記憶に残すことになる。

 では、地元ロシアでの彼女の人気はどうか? 会場でボランティアをしていたアナスタシアさんは、「私はもともと、スポーツが好きではないの。でも彼女のことは知っている。家族も友達も、みんな彼女のことが大好き」と目を輝かせて教えてくれた。

 ロシアにおける陸上の人気は、日本のそれより高い。ロシア陸上競技連盟の総務で、大会組織委員会ディレクターを務めるミハイル・ブトフ氏が言うには、「陸上はロシアで5本の指に入るほど人気のスポーツです。テレビでも多くの競技会を放送しています」とのこと。その中で世界的なスターとして輝くイシンバエワは今大会、最も注目された選手の一人である。それは、大会ロゴを見れば一目瞭然だ。曲線で描かれたトラックと、モスクワの観光名所であるクレムリンの尖塔を模した絵柄の間には、髪の長い棒高跳び選手が描かれている。この髪の長い棒高跳び選手こそ、イシンバエワである。
 前述のブトフ氏は、「ロシアの陸上選手の中にスーパースターは少ないが、その中でも本当のスーパースターと言えるのはイシンバエワだけ」と笑顔で語ってくれた。

結婚を機に起きた“引退騒動”

 今大会でイシンバエワが注目されたのは、優勝を期待されたからだけではない。それは“引退示唆”騒動があったからだ。
 ロシアでフリーライターをしているユリア・モロゾワさんは、騒動の内容について「引退騒動が起こったのは、今年6月に彼女が31歳の誕生日を迎えた時。その日、結婚を決めて家族ができることになった。子供も欲しいと願ったから、少し休みが欲しいって言ったんです。もし16年のリオ五輪や15年の世界選手権北京大会の時に、選手として良い状態を保っていなかったら、試合に出ないって話になったの」と説明してくれた。

 大スターの引退示唆。多くの人が惜しんだが、特にモロゾワさんはイシンバエワと同じヴォルゴグラード出身ということで、思い入れが深かった。
「私は彼女と同じ町の出身なの。彼女のことはとても誇りに思うわ。もちろん、すべてのロシア人が彼女を大好きってわけではないわ。でも、私の町は100万人ぐらいの人口がいるけど、みんなが彼女を応援している。彼女が世界記録を更新した試合もたくさん見たし、北京五輪で金メダルを獲得した試合も見ていたわ」

 しかし、イシンバエワは今大会の予選後に、引退をきっぱりと否定。選手としての能力が落ちない限り、五輪にも世界選手権にも出ると明言している。それに対しモロゾワさんは「99パーセント、競技に戻ってくると信じている。でも1パーセント、もし引退することになったら、すごく悲しい。いなくなったらさびしいと思う」と同郷のスーパースターの未来を心配した。

 ただ、彼女の心配は必要ないかもしれない。決勝後の記者会見でイシンバエワは「私は引退しないわ。赤ちゃんが欲しいから、ただ休みを取るだけ。リオには戻ってくるわ」と語り、必ず現役に戻ってくることを誓った。ロシアで最も愛される希代のスーパースターの引き際はまだ先。今後も彼女がロシアを熱狂させ続けるだろう。“エレーナ劇場”はまだまだ終わらない。

<了>

(文・尾柴広紀/スポーツナビ)
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