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五輪での孤独が導いた山本聖途の6位入賞
世界陸上2013・男子棒高跳

積極的なコミュニケーションで作った“戦う環境”

5メートル75を成功させ両手を挙げる山本。孤独を感じた五輪の経験が、世界陸上の6位入賞に生かされた
5メートル75を成功させ両手を挙げる山本。孤独を感じた五輪の経験が、世界陸上の6位入賞に生かされた【写真は共同】

 陸上の世界選手権第3日が現地時間12日、ロシアのモスクワで行われ、男子棒高跳決勝では、山本聖途(中京大)が自己ベストタイとなる5メートル75を跳び、6位入賞を果たした。


「日本代表のユニホームを背負って、モスクワの空に高く舞い上がりたい」

 6月の世界選手権代表発表会見で、意気込みを問われた山本はこう答えた。2012年の織田記念国際で日本学生記録を更新(5メートル60)してから、今年6月の日本学生個人選手権でその記録をさらに更新(5メートル75)。その間に日本選手権を連覇するなど、今、最も躍進している選手の一人だ。


 世界選手権への切符は、派遣設定記録を超え、日本選手権で8位以上に入るという内定条件をしっかりクリア。7月にはロシアのカザンで行われたユニバーシアードで銀メダルに輝き、満を持しての世界選手権となった。


 大会初日に行われた予選。グラウンドに吹く風の影響で、多くの選手が軒並み5メートル55の高さを跳べない中、山本は2回目でクリア。

「跳べる自信があったので、リラックスして跳びました」


 余裕さえも感じさせるコメントを残した山本だが、これは初めての世界大会となったロンドン五輪での経験が生かされたためだ。ロンドンでは、周りに知っている選手がおらず、「誰とも話せず孤独だった」中での戦い。結局、“記録なし”で予選敗退に終わり、悔しさを味わった。しかし、今大会は澤野大地(富士通)、荻田大樹(ミズノ)という競技上の先輩とともに臨み、さらにユニバーシアードで知り合った選手とも会話をしながら、平常心で自分の力を出すことに専念した。


 先輩2人は惜しくも5メートル55の壁を超えられず予選敗退。決勝では再び孤独な戦いとなったが、「ユニバーシアードで友達を作れていたし、ほかの選手ともあいさつは交わせました。今年はいろいろ積極的にできるようになりました」と、自分からほかのファイナリストたちに溶け込み、戦う環境を作った。

「世界大会ではコミュニケーションを取り合えれば、良い試合ができる」


 あとは、試技で自分の力を出し切るだけだった。

次回大会は「トップレベルで戦いたい」

 決勝1回目の高さは5メートル50。軽快なリズムで助走に入り、タイミング良くポールを立てると、余裕を持ってこの高さをクリア。

「プレッシャーはなかったです。すごく楽しくてアドレナリンが出ていて、楽しく跳べました」と、気負うことなくスタートを決めた。


 2回目の高さは5メートル65。「この高さを1発で跳べば(入賞ラインの)8位に入れると思っていました。五輪も65だったので」と、目標となる入賞に向けての最初のチャレンジだったが、惜しくも失敗。2回目も失敗し、追い込まれた3回目で見事クリアしてみせた。

 5メートル65をクリアした選手は11人。3度目の試技で成功した山本は、まだ入賞枠には入っていなかった。


 次のバーの高さは5メートル75。山本の自己ベストと同じ高さだ。しかし、「自己ベストを出す力は持ってきたので、出せる自信はありました」と、高さに対する不安はない。しかし、またも2度の失敗をしてしまい、再び後のない状態へ。

「1、2回目は跳び急いでしまいました。3回目は普通にやれば跳べると思って跳びました」と、ここでも平常心を貫いて跳んだ3回目は、バーが体に少し触れながらも、バーは落ちず。見事、成功した。

 この跳躍で、05年ヘルシンキ大会の澤野以来8年ぶりの入賞。さらに、順位的にはこの時の澤野の8位を上回り、世界選手権過去最高の成績となった。


 その後、自己ベスト更新となる5メートル82の試技となったが、「普段は7本ぐらいしか跳ばないので、結構疲れていた」。この日8回目から10回目の試技は疲労困憊の中だったこともあり、3回ともバーを越えることができなかった。


 試技終了後は世界のトップボールター(棒高跳選手)たちの戦いを見つめた。

「あそこのレベルで試合をするつもりで来ていたので悔しい。2年後はこのレベルで戦いたいなと思った」


 モスクワの空を跳び、世界選手権での日本歴代最高順位を記録した山本。15年は北京で、そして16年にはリオデジャネイロの空をさらに高く舞い上がることを期待したい。


<了>


(文・尾柴広紀/スポーツナビ)

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