前橋育英を導く3つの決まり事=日大藤沢出身・荒井監督 辿り着いた初勝利

田中夕子

初の大舞台 スタンド沸かせた前橋育英野球

前橋育英の荒井監督(左)と主将で次男の海斗選手。夏初出場のチームは、甲子園で初白星を挙げた 【写真は共同】

 プレーボールの合図から、わずか1分。
 岩国商業の先頭打者、横田啓樹の放った打球が二遊間に転がる。タイミングも場所も、一塁側の岩国商業の応援団からすれば「抜けた」と思ったボールに、前橋育英のセカンド、高橋知也が追いつく。
 体勢を崩しながら捕球した高橋知は、自分が起き上がってから投げては間に合わないと判断し、バックハンドでショートの土谷恵介にトス。受け取った土谷がファーストへ送球したが、ランナーの足が一歩早く、記録は内野安打。
 結果的に見れば、先頭打者を出塁させてしまったのだが、ランナーが出た岩国商業よりも、むしろこのプレーに盛り上がったのは前橋育英であり、初出場校が最初に見せた華麗なプレーに、スタンドからはどよめきが起こった。

 そして、それ以上に盛り上がったのが、当の本人たちだった。
「試合で、初めて決まったよ! すげぇな」
 興奮気味に話す高橋知と土谷を、指揮官は笑って迎えた。

「何をやっても怒られないから、自分たちがやりたいことを勝手にやって、楽しんでいるんですよ」
 縛られることなく、初めての大舞台を、全力で楽しむ。それこそが、前橋育英野球の真髄だ。

「当たり前」の事にこだわる 3つの決まり事

 荒井直樹監督が、母校の日大藤沢高校監督、前橋育英高校コーチを経て、監督に就任したのは今から12年前の2001年だ。
 全国に名を馳せるサッカー部に続いて、野球部の強化も本格化した頃であり、当時は関西や関東から越境入学してくる選手もいたが、「まず地元に愛されるチームになる」ことに重きを置いた荒井監督は、群馬県内の選手だけでも勝てるチームづくりに着手した。
 細かなことまで口を挟み、必要以上に選手を管理しない代わりに、守るべきスタイルだけは貫く。監督自身の座右の銘でもある「凡事徹底」をスローガンに掲げ、大きな決まりごとは3つ。

 1つは、ボールがバットに当たったら、打った瞬間に「間に合わない」と思うようなゴロでも、簡単に捕球されそうなフライでも、必ず全力疾走すること。
 2つ目は、キャッチボールを丁寧に、1球1球を何となく投げるのではなく、心を込めて、どこに、どうやって投げるかを重視すること。
 そして3つ目は、ミスをしたらそれで終わりではなく、ミスをした後に何ができるかを探して判断し、ミスをただのミスで終わらせないこと。

 すぐに結果だけを求めるならば、他にもっと効率的なやり方があったかもしれない。実際に、「良いチームだ」と言われながらもなかなか甲子園出場が果たせず、1年、また1年と時が過ぎるたびに「こんなやり方でいいのか」と叱責されることもあったと言う。
 勝っている時には評価される「当たり前」のことがおろそかになり、勝てないと「もっと特別なことをすべきではないか」と非難される。
「すぐに結果が出ないと当たり前のことすらやめてしまおうとするけれど、少しずつの成果でもいいから、続けること。それが一番大事なことだと思って、ここまでずっとやってきました」
 こだわりを捨てられない理由。それは、荒井監督が「失敗の繰り返し」と振り返る経験の中にあった。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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