非凡な得点感覚で前田の背中を捉えた柿谷=経験の差はインテリジェンスで埋める

元川悦子

イメージ通りだった韓国戦の先制点

東アジア杯で3得点を挙げ得点王を獲得した柿谷。日本代表定着への第一歩となるか 【Getty Images】

「ホンマ、いつも通りにやるだけやと思いますね。Jリーグにも(中澤)佑二さんや(栗原)勇蔵みたいに大きくて強くて速いセンターバック(CB)はいる。そういう中で裏を脱け出すことはいつも意識しています。セレッソ(大阪)では(山口)螢とタカ(扇原貴宏)がボランチで、お互いの特徴をつかみながらやっていますけど、今回みたいな即興チームでも、自分が声を出して欲しいところにボールをもらうとかをしっかりやることが大事ですね。1トップの自分は攻撃のスイッチを入れないといけない立場。攻撃を遅らせてしまうことは避けながらやりたいです」

 28日の東アジアカップ最終戦を翌日に控えたソウル近郊の町・坡州(パジュ)での練習後、柿谷曜一朗は「キム・ヨングォンとホン・ジョンホの大型DFにどう対峙するか?」との質問に、韓国戦を想定しながらこう語った。前半25分に奪った先制弾は、そのイメージ通りのゴールだったのではないだろうか。

 自陣ペナルティーエリアやや外側から青山敏弘が長い縦パスを出した瞬間、柿谷は相手両CBの間をすさまじいスピードで抜け出していた。この動き出しで勝負あり。GKチョン・ソンリョンの位置をしっかりと見ながら決めた右足シュートには余裕が感じられた。
「トシ君はサンフレッチェでもああいうボールを(佐藤)寿人さんに出している。中国戦でもそういう場面があったのに決められなかったんで、今回は入って良かった」と柿谷が言えば、青山の方も「曜一朗が裏を狙ってくれるのはありがたいところ。あの場面でも良いポジションを取っているのが分かった。狙い通りです」と胸を張った。確かに柿谷は佐藤寿人に通じる特徴を持っている。そのJ屈指の点取り屋を媒介にしつつ、2人がクラブでやっているプレーを普通通りに出せたからこそ、劣勢の中でも韓国を黙らせる一撃をお見舞いできたのだ。

国際舞台で証明した決定力

 後半ロスタイムに柿谷が決めた決勝点のシーンも攻撃陣の連動が光った。原口元気が鋭いドリブル突破からシュートを放ったとき、豊田陽平が飛び込み、柿谷はファーサイドで待ち構え、山田大記も猛然とゴール前に走って詰めてきていた。その分厚い状態で目の前にボールがこぼれてきたのだから、柿谷本人も緊張しただろう。「GKの裏まで走るか、止まって待つかの二択やってんけど、待っていたらホントに来てしまった。『ヤバい。頼むから入ってくれ』と思って蹴りました」と心境を口にした。

 そこで決められるのは、非凡なゴールセンスを持ち合わせている証拠。2007年夏に同じ韓国で開催されたU−17ワールドカップ(W杯)のフランス戦でセンターサークル付近から超ロングシュートを決めた得点能力の高さはさびつくどころか、より一層の進化を遂げた。「曜一朗の決定力の高さはチームにとって安心できるところ。広島でも寿人さんがいるから、僕らは守備をしてボールを渡してっていう仕事が思い切ってできる」と高萩洋次郎も太鼓判を押したほどだ。

 ザックジャパンの1トップを担い続けてきた前田遼一はそこまでのフィニッシュのキレと精度を持ち合わせていないし、パスを選択する傾向がやや強い。ゴールというサッカーにおける最重要タスクを国際舞台で高いレベルで果たせることを柿谷は証明するとともに、代表1トップの有力候補に力強く名乗りを上げたのである。

経験値で大きく勝る前田を上回るために

 ただ、前述した通り、今大会の3ゴールはいずれもチームメートのお膳立てがあってこそ。約10日という短い期間ではあったが、柿谷の能力を引き出す態勢が構築されたことを忘れてはならない。彼が本田圭佑や香川真司ら欧州組のいるザックジャパン・フルメンバーの一員に加わり、レギュラーの座を勝ち取ろうとするなら、今回のように自らの特徴や長所をスムーズに引き出してもらうコンビネーションが欠かせない。

 すでに2年半以上、ザックジャパンでプレーし、2011年アジアカップ(カタール)や2014年ブラジルW杯最終予選、コンフェデレーションズカップ(ブラジル)などビッグトーナメントを戦っている前田は経験値で大きく勝っている。そのアドバンテージを柿谷が上回るためには、相当な努力が必要だろう。

 加えて言えば、前田はチームのために身を粉にして働ける献身性を併せ持つ。アルベルト・ザッケローニ監督も「前田はポストプレーや守備の面でチームに大いに役に立っている」と常日頃から強調している。彼がいるから、本田や香川が思い切って前へ飛び出せるところも少なからずある。

 最近の柿谷もそういう部分では劇的な前進を見せている。「あれだけゴールを決めているにもかかわらず、天狗にもなることなく献身的に守備もする」と槙野智章も彼のフォア・ザ・チーム精神を前向きに見ていた。が、それを世界レベルの相手に90分通して絶え間なくやり続けられるかどうかは未知数と言わざるを得ない。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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