選手の才能を輝かせる“語学力”=海外では通用しない沈黙の努力

中野吉之伴

語学ができることの利点

ドルトムント在籍時の香川の活躍には、通訳との良好な関係が欠かせない 【Bongarts/Getty Images】

 海外で生活するために語学の習得は間違いなく重要だ。最も大事な要素だとも言える。それはサッカー選手においても同じだろう。2010年以降、ドイツのブンデスリーガに渡ってきた日本人選手は多い。しかし実力を発揮できた、もしくはできている選手がいる一方で、志半ばで日本へ戻った選手も少なからずいる。その差はどこからきているのだろうか。コミュニケーション能力の面から探ってみようと思う。

 まず最初に断っておくが、その国の言葉が話せればサッカーで活躍できる、ということにはならない。あくまでも言葉はコミュニケーションツールであり、プレーのレベルが高くなければ生き残ることができないのは当然だ。言葉の習得は、自身のパフォーマンスレベルを最大限に発揮するために必要なものの一つ。ピッチ上では監督が求める要求を理解し、味方選手とビジョンを共有し、自分が描くサッカーを伝えるためには語学ができなければならないし、ピッチ外でもストレスなく生活するためには、起こりうることに自分で対処できた方がいい。

 確かに、サッカーでは多くの言葉を必要としないとよく言われる。それぞれが同じサッカービジョンを持っている選手同士ならば、少しの言葉でも問題はない。しかしチームが調子を落としたり、イメージの食い違いがあったときにはそこを修正する必要がある。指示を出すことができても、指示通りに動いてくれなかったり、言い返されたときに相手を納得させることができるかどうか。分かってくれないからとあきらめるのか。しかし、それが理由で出場機会を失うこともある。あるいは監督から起用されないときには理由を問いただす必要もあるはずだ。海外では言わなければ納得したと思われてしまう。黙々と頑張っていればいつか、というのは残念ながら日本でしか通用しない。

香川の才能を発揮させた通訳の存在

 元ボルシア・ドルトムントの香川真司(現マンチェスター・ユナイテッド)のように、そのあたりを通訳に任せてしまうのはどうだろうか。個人的には“あり”だとは思う。ただし通訳が自分の言葉を完璧に理解し、相手に完璧に伝えることができ、いつ通訳すべきか、いつ本人に任せて距離を置くべきかをしっかりと分かってくれ、常に自分のそばにいてくれるという場合に限る。香川の専属通訳だった山守淳平氏(現清武博嗣の専属通訳)はそれができる人物だ。ドルトムントで香川が大活躍できたのは、もちろん香川自身の才能によるものだが、その才能を発揮できたのは山守氏の助けが大きかったのは見逃せない点だろう。

 では誰でも通訳をつければうまくいくのかといえば、そうもいかない。まず、専属通訳をつけてもらえる選手は限られている。それにいかに通訳が“できる”人でも本人にコミュニケーションを取る意思がなかったり、伝えるべき内容が頭の中になかったら、ただの宝の持ち腐れになってしまう。また通訳に頼り切ってしまうことでチームとの距離感を作ってしまうこともある。あるいは通訳の力不足で選手の話がうまく伝わらずにいらぬ誤解を招くこともある。選手が通訳への信頼をなくし、伝えたいことがあるのに黙り込んでしまうのでは何のための通訳か。

 香川の場合は、チームが完成されていて、香川自身にチームが必要とする才能があり、自ら進んでチームに溶け込んでいく姿勢があった。そして、それをサポートしてくれた通訳の存在があり、と全てがうまくかみ合っていた。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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