低調だった中国戦における許容と苦言=東アジア制覇より重き置く新戦力の発掘

宇都宮徹壱

エクスキューズできることと、できないこと

PKを献上するなどミスの目立った栗原(左)。チームを引っ張るべきベテランがその役割を果たせたとは言い難かった 【写真:AP/アフロ】

「前半の入りの15分と終了までの15分を除いてはよくやった。個人ではなく、チームとして60分は良かったと思う」

「相手の2点目のPKによってモチベーションが落ちてしまい、逆に相手を勢いづかせてしまった。試合終了のときにはエネルギーが残っていなかった」

 3−3に終わった中国戦については、試合後のザッケローニのこの言葉が、ほぼすべてを言い表していると思う。この日の日本のエクスキューズとして、メンバーが練習を開始して3日しかなく、その間に選手間の連係やチーム戦術へのアジャストが、ほとんどままならない状態で本番を迎えたことがまず挙げられよう。その点はザッケローニも想定していただろうし、むしろ「試合の中で徐々に修正していく力というのはみんな持っている」(槙野)という日本の強みが、後半14分の柿谷の逆転ゴール、そしてその2分後の工藤の3点目につながったとも言えよう。

 それだけに、1試合で2つのPKを献上してしまった守備陣の失態は、実にいただけない。しかもそれが、この若いチームを引っ張っていくことを期待されていた、栗原と駒野によるものだっただけに言い訳の余地はない。最初のPKは開始4分、ユ・ターパオのドリブルにかわされた栗原の軽率なチャージによるもの。2つ目のPKは後半36分、駒野がクリアしようとしたところで相手の頭が入りそうになり、危険なプレーと主審に判断されてしまった。微妙な判定にも思えたが、直前にワン・ヨンポのミドルシュートがバーを直撃しており、シュートの前に誰も間合いを詰められていなかったことが気になった。そして極めつけは3点目を決められた後半42分。右サイドで駒野が相手のクロスを簡単に許し、ゴールを決めたスン・ケーに栗原が対応できなかった。最悪のやられ方である。

 試合後、栗原は「ホントにうちら(ベテラン)が、しっかりしなければいけないところを逆にやられてしまって。もっとしっかりしないと」と反省しきりであったという。もちろん反省してくれないと困るのだが、この日は前田遼一や岡崎慎司のように前線からプレスをかけてくれる選手が不在で、その分守備の負担が大きかったことは留意すべきであろう(攻撃陣はコンビネーションに腐心するあまり、前線からのプレッシングまで頭が回らなかったように見えた)。むしろ栗原のコメントで気になったのが、この一言。

「よくファウルを取られたけど、試合の中で審判の癖を見抜かなければいけない。分かっていたのだけど、それでも取られてしまうというのは、まだまだ自分の未熟さがあるということ」

 百歩譲って、開始直後のPKは仕方がなかったとしよう。それでも、その後の試合の流れでジャッジの傾向と基準をしっかり見抜き、ゲームをコントロールしていれば、終盤でこれほど苦戦することはなかったはずだ。これは「国内組主体のチーム」とか「代表チームでの経験不足」といった以前の話。Jリーグの試合でも、普通に求められることであろう(ちなみにこの試合で日本は、中国の2倍の26ものファウルを取られている)。

中国が日本に引き分けたことの意義

 最後に、中国側の視点に立って、この試合結果の意味について考えてみたい。
 先述したとおり、国内組でのメンバー構成を強いられたのは日本だけではなく、中国もまた同様であった。つまりこの日の日中戦は「Jリーグ対中国超級(ただし外国人選手抜き)」という構図で見ることも可能なのである。これは中国側にとって、極めて重要なファクターだ。確かに最近のACLでは、中国勢は日本と互角以上の戦いを見せている。恒大にしても、Jクラブを圧倒する強さを見せつけていたが、それはコンカやルーカス・バリオスといった外国人選手の突出した力に依拠する部分が大きい。そのことは中国側も認めており、今回の対戦については「日本に引き分けたいと考えるのもおこがましい」という見方が一般的だった。

 このところ、政治・軍事・経済で「大国」としての意識が急速に強まっている中国だが、ことサッカーに関しては日本に対して逆にリスペクトの念が増すばかりであった。それは昨年に中国サッカーを取材して、最も強く感じたことだ。協会の副会長にインタビュー取材した際にも、「中国足球(サッカー)を日本化せよ」とばかりに、若年層の育成に力を入れていくという話を聞いている。日本はアジアで最初にサッカーの「脱亜入欧」した国であり、中国もそれに習うべきという発想である。あれほど大々的な反日デモが吹き荒れる中、杭州緑城の岡田武史監督に対するサポーターの思慕が揺るがなかったのも、そうした背景があったがゆえのことであった。

 それだけに、オール国内組の国家代表が日本に対して3ゴールを挙げて引き分けたことは、中国のサッカー関係者に大きな自信とモチベーションを与えたのは間違いない。東アジアカップの男子は、4チームがいずれも初戦を引き分けたため(韓国対オーストラリアは0−0)、早くも混沌(こんとん)の様相を呈し始めた。しかも、戦力的にもモチベーションでも最も低いと思われていた中国が日本に引き分けたことで、さらに優勝の行方は予測できないものとなった。もちろん個人的には、日本に優勝してほしいという気持ちもある(男子に関しては、日本はまだ東アジアでは一度もチャンピオンになっていない)。しかし、今大会の日本にはより重要なミッションがある。それは8年前の巻や今野や駒野のように、将来の日本代表を支えるような人材が見いだされることだ。残り2試合で、どんな選手がザッケローニのお眼鏡にかなうのか。ある意味、優勝の行方以上に気になるところである。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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