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鈴木聡美、狙うは「2年前のリベンジ」
世界水泳バルセロナ2013
世界選手権に出場する鈴木が、昨年のロンドン五輪を振り返りつつ、大会に向けての意気込みを語ってくれた
世界選手権に出場する鈴木が、昨年のロンドン五輪を振り返りつつ、大会に向けての意気込みを語ってくれた【スポーツナビ】

 2012年のロンドン五輪で、日本女子の競泳選手としては史上初となる1大会で3個のメダル(100メートル平泳ぎで銅、200メートル平泳ぎで銀、400メートルメドレーリレーで銅)を獲得。鈴木聡美(ミキハウス山梨)は12年の夏を彩るヒロインとして、日本中に一躍その名をとどろかせた。五輪後は反響のすごさを実感することも多かったらしく、声をかけられたり、写真やサインを頼まれたりと、周囲の環境はまさに一変したという。それでもこうした状況をポジティブにとらえ、「注目されているということで、もっといい記録を出して日本に貢献したいなという気持ちが出てきた」と語るのは、彼女が持つ生来の明るさなのだろう。


 五輪から約1年が経過し、彼女は新たな戦いに臨もうとしている。スペインのバルセロナで行われる世界選手権(競泳は7月28日〜8月4日開催)がその舞台だ。2年前に初めて出場した同大会では、50メートルを棄権、100メートルで9位、200メートルで18位に終わるなど本来の力を発揮できず、悔しい結果に終わった。5月に行われたジャパンオープン後の壮行会で掲げたテーマは『2年前のリベンジ』。静かに闘志を燃やす鈴木に五輪から現在までを振り返ってもらいつつ、世界選手権に向けた決意を語ってもらった。

「五輪を心から楽しんでいました」

――5月に行われたジャパンオープン後の壮行会で、鈴木選手が世界選手権に向けて掲げたテーマは「2年前のリベンジ」でした。11年の世界選手権(上海)では悔しい結果に終わりましたが、なぜそうなってしまったのか、いま振り返ってどのように考えますか?


 初めて世界選手権に出場したということで、自分にプレッシャーをかけ、足かせをつけていたように思います。「初めて出る、そして世界で戦う、日本代表として平泳ぎのトップとしてやらなきゃいけない」という気持ちが強過ぎて、自分が本来持っている力を発揮できなかったと思っています。


――いままで出た日本選手権などの雰囲気とは全然違うものでしたか?


 だいぶ違いましたね。なおかつ、中国の応援というのはかなり熱狂的で、楽器の音だったり、すごい歓声があったりで、それに押し負けたというのはあったのかなと。圧倒的な力を感じました。


――その1年後のロンドン五輪ではメダルを3つ獲得しました。世界選手権での反省が、五輪で生かされた面はあったのですか?


 それはかなりあると思います。体もすごく絞りましたし、技術の面でもレベルが上がりました。世界選手権での失敗を教訓に、ロンドンでは気持ちをリラックスさせて泳ぐことができたので、前回の世界選手権に出場できていなかったら、五輪でのメダル獲得はなかったと思います。


――ロンドンでは、中国で感じたようなプレッシャーは感じなかったのですか?


 なかったですね。とにかく五輪という大会を心から楽しんでいたので、プレッシャーは若干感じることはありましたけど、「もう行くしかないんだから行こう、いつもの練習通りに泳げるように泳ごう」と、楽な気持ちでいましたね。


――なぜそこまでリラックスできたのですか?


 昨年の7月上旬にロンドンで合宿をやっていたんですけど、そのときも拠点を置いている山梨にいるような気持ちを忘れずにいました。本当に何回も泣いてしまうくらいたくさん練習を積み重ねていたので、「これだけたくさん泳げば、絶対結果につながるだろう、仮に表彰台に上がれなかったとしても、満足できるタイムは出るだろう」と思っていたので、それが心の自信につながったのかなと思います。

「発言や行動が面白かったって言われるんです(笑)」

――五輪では、チームとしての絆の強さがとても話題になっていました。それが好成績につながった部分はあるのでしょうか?


 試合の時も控え場所があるんですけど、場所が限られているんです。そこは基本的にその日にレースのある人が優先で、ない人はスタンドで声が枯れるほど応援をします。選手村に帰っても決勝まで出場した選手は、21時過ぎで帰る時間が遅くなるんですね。次の日にレースがある人たちの迷惑にならないように、できる限り周りに気を使ったりとか、決まりごとはちゃんとしていたので、そういった部分がチームとしていいコンディションを作るのに役立ったんじゃないかと思います。


――メドレーリレーも出場しましたが、そこでもチームの絆を感じる場面はありましたか?


 すごく感じましたね。五輪で泳いだ4人の中で私が一番年下になるんです。10年のパンパシフィック選手権でも、一緒のメンバーで泳がせてもらったんですけど、自分が足を引っ張るような形になったんです。11年の世界選手権でも私のタイムが遅く、チームの足手まといになってしまったので、今度は逆に自分が引っ張っていくんだという気持ちでした。水泳の先輩として、(一緒にリレーに出場した)寺川綾さん(ミズノ)、加藤ゆかさん(東京SC)、上田春佳さん(キッコーマン)のことを私は心から尊敬していますし、先輩たちを信じて一生懸命、無我夢中で泳ぎましたね。


――初めて日本代表に入ったときは多少なりとも緊張はすると思いますが、溶け込むために何かやったことはありますか?


 うーん、向こうから声をかけてきてくださったので、私は特に何もしてないんですけど、何か面白いって言われたりとか(笑)。そういう絡みがあったので私としてはすごくうれしかったですね。


――何か面白いって言われたんですね(笑)


 発言や行動が面白かったって言われるんですよ(笑)。


――何でもご自身で「ボンバーって呼んでください」と言ったとか


 言いましたね。小学校からのあだ名なんですよ。大学生になって呼ばれない寂しさというんですか、慣れ親しんだあだ名だったので、思い切ってカミングアウトしたら、それが大ウケしたというエピソードでして(笑)。


――その由来は?


 水泳とは全く関係ないんですけど、休み時間にバレーボールで遊んでたら、打ったボールがすごかったらしく、そこからなんですよね。「ボンバーショット」とか言って(笑)。「意味が分からないし」と言いながらも否定していたんですけど、呼ばれ続けるから「いいや」と開き直っちゃって。でも、逆にいまそのあだ名が生かされている部分がありますし、競技生活において、爆発するぐらいの泳ぎを見せようということにつながったので、結果オーライです(笑)。

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