英国全土が愛する存在になったマレー=77年ぶりウィンブルドン王者の誕生
気温30度を超す環境 ジョコビッチとの消耗戦
気温30度を超す暑さのなか、難敵ジョコビッチと戦うマレー 【写真:AP/アフロ】
長期戦必至のその展開の中、精神に焦りを感じ体力に不安を覚えたのは、2日前の準決勝で4時間43分戦ったジョコビッチだったろうか。決勝戦のジョコビッチは、いつもよりネットに詰める回数が多い。ドロップショットも多用するなど、明らかにラリーを短く終えたがっていた。だが、ツアーきってのカウンターの名手として知られるマレー相手に、中途半端なネットプレーは自殺行為だ。ジョコビッチは試合を通じ52回ネットに出たが、ポイントにつなげられたのは58%だった。
そのボレー以上に失点を呼び込んだのが、ドロップショットである。象徴的だったのが、第3セット第1ゲームでジョコビッチが放った2本のドロップショットを、いずれもマレーが返した場面だ。天性のリストワークと戦術眼に、ここ数年で大幅に向上したフィジカルが加わり可能になった、奇跡的なショットの数々。そしてマレーがポイントを奪うたび、湧き上がる大歓声がスタジアムを揺るがす。マレーはファンと一体になり、栄光の瞬間へと突き進んでいった。
歴史的瞬間への「8分間」
優勝杯を掲げるマレー。その背中に、大きく温かい拍手が送られた 【写真:AP/アフロ】
「今日の会場の雰囲気は、今まで経験したことが無いほど最高のものだった。苦しい大会だったし、今日も暑く厳しい試合だったけれど、ファンの声に助けられた。試合中もセンターコートの中だけでなく、外からも声が聞こえてきた」
センターコートに入れなかった1万5千人の声も、マレーのもとに届いていた。
歴史が生まれたその瞬間、マレーはラケットを落として天を仰ぎ、観客席に向かい咆哮(ほうこう)を上げる。そうして、大きな両手で顔を覆い倒れるようにコート中央にひざまずくと、“聖地”の芝に顔を埋めた。
広いテニスコートの中で一人、ついに重い十字架を下ろした背は、慟哭(どうこく)のリズムに合わせ小刻みに揺れる。その広い背中にいつまでもいつまでも、温かい拍手と声援が降り注いだ。
<了>