英国全土が愛する存在になったマレー=77年ぶりウィンブルドン王者の誕生

内田暁

気温30度を超す環境 ジョコビッチとの消耗戦

気温30度を超す暑さのなか、難敵ジョコビッチと戦うマレー 【写真:AP/アフロ】

 英国が待った77年という長い月日を反映するかのように、決勝戦のマレーは我慢強くラリーをつなぎ、攻撃の機をじっと待った。ともに驚異的なフットワークを誇るマレーとジョコビッチは、激しく攻めながらも守りを固め、守りながらもカウンターの好機をうかがう。必然的にラリーは長くなり、1ポイント目で交わされたラリーは20回、最初の3ゲームに要した時間は20分。30度を越す暑さの中、互いの体力と精神力を削り取る消耗戦が繰り広げられた。

 長期戦必至のその展開の中、精神に焦りを感じ体力に不安を覚えたのは、2日前の準決勝で4時間43分戦ったジョコビッチだったろうか。決勝戦のジョコビッチは、いつもよりネットに詰める回数が多い。ドロップショットも多用するなど、明らかにラリーを短く終えたがっていた。だが、ツアーきってのカウンターの名手として知られるマレー相手に、中途半端なネットプレーは自殺行為だ。ジョコビッチは試合を通じ52回ネットに出たが、ポイントにつなげられたのは58%だった。
 そのボレー以上に失点を呼び込んだのが、ドロップショットである。象徴的だったのが、第3セット第1ゲームでジョコビッチが放った2本のドロップショットを、いずれもマレーが返した場面だ。天性のリストワークと戦術眼に、ここ数年で大幅に向上したフィジカルが加わり可能になった、奇跡的なショットの数々。そしてマレーがポイントを奪うたび、湧き上がる大歓声がスタジアムを揺るがす。マレーはファンと一体になり、栄光の瞬間へと突き進んでいった。

歴史的瞬間への「8分間」

優勝杯を掲げるマレー。その背中に、大きく温かい拍手が送られた 【写真:AP/アフロ】

 優勝を目前にしてからは、緊張がマレーの身体を束縛した。要した4本のマッチポイントが、26歳の青年が背負ってきた歴史と伝統の重さを示している。最初のマッチポイントを手にしてから最後のポイントが決まるまでには、8分の時間を必要とした。だが英国はこの瞬間を、77年待ってきたのだ。その歳月に比べれば、8分など取るに足らない一瞬だろう。

「今日の会場の雰囲気は、今まで経験したことが無いほど最高のものだった。苦しい大会だったし、今日も暑く厳しい試合だったけれど、ファンの声に助けられた。試合中もセンターコートの中だけでなく、外からも声が聞こえてきた」
 センターコートに入れなかった1万5千人の声も、マレーのもとに届いていた。

 歴史が生まれたその瞬間、マレーはラケットを落として天を仰ぎ、観客席に向かい咆哮(ほうこう)を上げる。そうして、大きな両手で顔を覆い倒れるようにコート中央にひざまずくと、“聖地”の芝に顔を埋めた。
 広いテニスコートの中で一人、ついに重い十字架を下ろした背は、慟哭(どうこく)のリズムに合わせ小刻みに揺れる。その広い背中にいつまでもいつまでも、温かい拍手と声援が降り注いだ。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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