大会を去る者と残る者と=コンフェデ杯通信2013(6月23日)

宇都宮徹壱

騒乱から一夜明けた中心街にて

中心街で見つけた警察の監視施設。前夜のデモ隊による投石で無残にガラスが割られている 【宇都宮徹壱】

 日本対メキシコの翌日、ベロ・オリゾンテの中心街を散策してみた。昨日に続いて週末の反政府デモが行われるのではないかと思っていたら、参加者が集合する広場周辺は予想に反して実にひっそりとしている。さすがはカトリックの国、日曜日は安息日ということなのだろうか。もっとも昨夜の騒乱の傷跡は生々しく、警察官の監視台と思しき施設は、デモ隊の投石によってガラスが無残に割られていた。広場にほど近いホテルに投宿していた中田徹さんの話によれば、部屋の窓を開けると刺激臭がして思わず涙が出たというから、催涙弾も使用されていたのは間違いないだろう。

 今回、初めてブラジルを訪れたことで、経済成長著しいとされるBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)のすべてを私は見てきたわけだが、いずれの国でも痛感するのが富の一極集中と、豊かさを享受できずに取り残される人々との猛烈なギャップである。どの国も、マーケットに並ぶ商品も豊富になったり、道行く車も最新のものになったりしているのだろう。その一方で、持たざるものはどこまで行っても揺るぎなく貧しい。今さらながらに「豊かさ」とはいったい何なのだろうと考えてしまう。

 ここベロ・オリゾンテでも、道端で毛布を被って眠っているホームレスの姿をひんぱんに見かけた。日本の場合、公園や地下道の隅など、目立たない場所にダンボールハウスを作ることが多いが、当地では道々に横たわっている人々がいて、ぎょっとすることがしばしばだ。経済発展の裏側で、「ファベーラ」のような貧民街ではもはや回収できないくらい、貧困層は増大しているのだろうか。だとしたら、各地で反政府デモが起こるのも、ある意味で当然の流れなのかもしれない。そして少なくとも、市民によるデモや政府批判が保証されているという意味では、この国はまだまだ健全であるように私には思える。

 そんなブラジルでの日々も、残すところあと1週間。日本代表のグループリーグ敗退が決まったことで、多くの日本のジャーナリストもブラジルを後にすることになった。この日、2人の取材仲間が現場から離れるということで、みんなで昼食をとってからリオデジャネイロ行きの長距離バス乗り場まで見送りに行った。かくいう私は、明日からフォルタレーザに移動して、27日に行われる準決勝を取材する予定だ。果たして、かの地でイタリアと対戦するのは、スペインか、それともウルグアイか。ホテルのテレビで、グループBの結末を見届けることにした。

温かい拍手を背に大会を去るタヒチ

食堂で働く女性スタッフ。前日のブラジルの勝利を伝える新聞を熱心に読んでいた 【宇都宮徹壱】

 この日、グループBの最終戦は、フォルタレザでナイジェリア対スペインが、そしてレシフェではウルグアイ対タヒチが、それぞれ16時キックオフで行われることになっていた。ここまでの順位と勝ち点、および得失点差は以下のとおり。1位スペイン(勝ち点6/+11)、2位ナイジェリア(勝ち点3/+4)、3位ウルグアイ(勝ち点3/±0)、4位タヒチ(勝ち点0/−15)。

 当初の予想どおり、「草刈り場」となっているタヒチから何ゴール挙げるかが順位を決定づけている。このグループリーグ最終戦で、最もプレッシャーがかかるのは、初戦でタヒチに6点「しか」挙げられず、しかも彼らに歴史的な1ゴールを献上してしまった2位のナイジェリアであろう。3位ウルグアイが、タヒチに大勝するのは必定。ゆえに彼らが準決勝に進出するためには、欧州と世界を制覇しているスペイン相手に勝利するしかない。

 とはいえそのスペインは、第2戦のタヒチ戦で主力を休ませており、少なくともナイジェリアよりはコンディションは良好。実際、前半3分にジョルディ・アルバのゴールで早々に先制すると、後半17分にはペドロが折り返したボールを途中出場のフェルナンド・トーレスがきれいに頭で合わせて追加点を挙げた。

 個人的に最も印象的だったのが、後半43分の3点目。自陣の何でもないリスタートから、ダビド・ビジャが前方に蹴り込んだボールを、ハーフウエーライン手前から絶妙のタイミングで飛び出したアルバが独走態勢で受け、相手GKをかわして難なく決めてしまった。スペインといえば、圧倒的なポゼッションがまず思い浮かぶが、時にこうした意表を突いた攻撃も見せる。結局、スペインが3−0でナイジェリアを制し、グループ首位でフォルタレザにとどまり、イタリアを迎え撃つこととなった。

 一方、レシフェの試合はどうなったか? ザッピングしてみると、8−0でウルグアイの圧勝。これでウルグアイのグループ2位と、ナイジェリアとタヒチの敗退が決した。結局のところ、この試合でもタヒチはサプライズを起こすことはなかったようだ。それでも試合後、何とも心が温まるようなシーンを見ることができた。タヒチの選手全員がブラジル国旗を身にまとい、そして「OBRIGADO BRASIL!(ありがとう、ブラジル!)」という横断幕を掲げて、今大会での声援に感謝の意を表したのである。もちろんスタンドからは、ポリネシアの勇者たちに温かい拍手と声援が贈られたことは言うまでもない。

 グループリーグ3試合で去る4チームの中で、最もブラジルの人々に強い印象を与えたのは、3戦全敗、1得点24失点のタヒチだったのではないか。相手との圧倒的な戦力差をものともせず、3試合いずれも全力で戦い抜いた彼らは、オセアニア王者として決して恥ずかしくないプレーを全世界に披露した。その意味で、やはりブラジルの人々から声援を受けていたものの、日本の戦いはいささか悔いが残るものに感じられてならない。とはいえ、決して失望する必要もない。幸い日本はタヒチと違って、来年も再びブラジルを訪れることになっている。来年の日本代表が、地元の人々を熱狂させるようなサッカーを展開し、自らも納得できる結果を残せることをいまは願って止まない。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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