取材現場で感じる反政府デモの影響=コンフェデ杯通信2013(6月21日)

宇都宮徹壱

ベロオリゾンテでいきなりデモ隊に遭遇

ベロオリゾンテ到着後、いきなりデモ隊に遭遇する。参加者はほとんどが若者だった 【宇都宮徹壱】

 レシフェでの日本対イタリアの取材を終えて、日本代表の次の(そして今大会最後の)会場であるベロオリゾンテに到着したのは、20日夜のことであった。ここはミナスジェライス州の州都であり、内陸の高地(標高800メートル)に位置するためか、Tシャツ1枚だと少し肌寒い。到着したタンクレッド・ネーベス国際空港は、中心街からかなり離れたへんぴな場所にあり、ここからバスで50分ほど移動(料金は20.45レアル=約900円)、中心街のバスターミナルからタクシーに乗り換えてホテルを目指すことにした。

 中心街は深夜でも営業している飲食店が多く、これまで訪れたブラジリアやレシフェと比べて、やや都会的な印象だ。危険な雰囲気もそれほど感じない。それにしても、木曜日の23時を過ぎているというのに、通りには若者のグループと警察車両が多いのはどうしたことか。ほどなくしてホイッスルとシュプレヒコールが聞こえてきて、答えはすぐに明らかになった。連日、地元メディアがトップで報じている反政府デモが、この街でも繰り広げられていたのである。

 突然、タクシーの運転手がポルトガル語で何かまくし立て、舌打ちをしながら大きくハンドルを切る。雰囲気から察するに「デモに巻き込まれないように回り道するよ。ちょっとメーターは上がるけど、オレのせいじゃないからな」とでも言っているのだろうか。実際タクシーは、騒音がする方向を迂回(うかい)しながら進んでいる。しかしついに渋滞にはまってしまい、デモ隊の行列に巻き込まれてしまった。レシフェからの長い移動だったので、できれば早くホテルで横になりたかったのだが、せっかくの機会なので車窓越しにじっくりと観察してみることにする。

 デモ隊は、渋滞にはまったバスの乗客や一般ドライバーに向けて、プラカードや横断幕を見せびらかしながら奇声を発していたが、それほど暴力的な感じはしなかった。イメージしていたよりも年齢層は若く、ほとんどが高校生から20代半ばくらいの男女であった。彼らは怒っているというよりも、むしろ「この機に乗じて騒ぎたい」という印象で、どこか楽しそうにも見える。代表戦の勝利に大騒ぎする、渋谷のスクラブル交差点の若者たちと何となくイメージが重なって見えた。若者が日常の中で鬱屈(うっくつ)しているのは、日本もブラジルもあまり変わりないのかもしれない。

不穏な空気の中で行われるメキシコ戦

メキシコ戦の会場「ミネイロン」で調整する日本代表。明日の試合が無事開催されますように 【宇都宮徹壱】

 ブラジル全土に拡大したデモは、大会の現場にも少なからぬ影響を及ぼしていた。翌21日にベロオリゾンテの会場「ミネイロン」で行われた前日会見では、日本代表のザッケローニ監督とメキシコ代表のデラトレ監督に対し、「今回のデモについてどう思うか」という質問が投げかけられた。どうやら地元メディアは、今回のデモについて「出場国の関係者はどう見ているのか」を、かなり気にしている様子(本大会まで1年を切っているのだから無理もない話だ)。ちなみに、それぞれの回答は以下のとおり。

「われわれは普段、ここには住んでいないので、問題の真相は理解していない。ただ、こうした緊張感があることについては、わたしを含む日本代表全員がとても残念に思っている。というのも、この状況は国民の間で不満があることを表しているからだ。どのような社会にも、そうした不満があるが、意思決定を下す人たちが良い形で問題に対応して、再び社会が均衡を取り戻してくれればと思う」(ザッケローニ)

「われわれは絶えず、このような状況には深く立ち入らないようにしている。なぜならわれわれは、スポーツをするためにここに来ているからだ」(デラトレ)

 その一方で、試合当日には大規模なデモ行進が予定されているという話をメディアセンターで耳にした。地元の記者の話によれば、中心街からスタジアムまでの20キロを練り歩くらしい。当日が土曜日であることを考えると、それなりの規模のデモになるのは必定だろう。そういえば、サルバドールで行われたナイジェリア対ウルグアイの試合前に、デモ隊がFIFA職員が乗ったバスに投石したとの報道を目にした。ここベロオリゾンテでは、せめて試合に影響なく、平和裏にデモが行われることを願わずにはいられない。

 そんなわけで、いささか不穏な空気の中で行われることとなった、日本対メキシコの試合。すでに両チームともグループリーグ敗退は決まっているが、少なくとも日本に関しては、指揮官も選手たちも「消化試合」とはまったく考えていない。イタリアとの激闘から中2日。しかも、その間にレシフェから移動していることを考えれば、ある程度はメンバーを入れ替える可能性は十分に考えられよう。とはいえ、どのようなスターティングイレブンとなっても、きっちり勝って日本への帰還を果たしてほしいところだ。最後に、累積警告のために試合をスタンドで見守ることになった、主将・長谷部誠のコメントを紹介しておく。

「明日はグループリーグ敗退が決まっていても、どういうゲームで自分たちが見せられるか、その意味で大事な試合になると思う。ブラジル戦では世界は振り向いてくれなくて、イタリア戦で多少は振り返ってくれた。このメキシコ戦でどういう試合をするかで、日本の印象は変わる。でも、誰かのためでなく自分たちのために、内容も結果も求めていきたい」

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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