365日後へ、新たな冒険に出る日本代表=イラク戦はアジアから世界への境界線

宇都宮徹壱

コンフェデ杯を見据えたイラク戦の重要性

岡崎(右)の決勝ゴールで、日本は我慢比べとなった一戦を制した 【写真は共同】

 ワールドカップ(W杯)アジア最終予選、イラク対日本が行われる会場は、カタールの首都ドーハにあるアルアラビ・スタジアムである。ここは2年前に開催されたアジアカップの会場には選ばれておらず、したがって訪れるのは初めてのはずなのだが、なぜか奇妙な既視感のようなものを覚えてしまった。

 よくよく思い出してみると、大会期間中に日本代表が練習で使用し、いわゆる「ドーハの悲劇」の舞台としてもよく知られているアルアハリ・スタジアムと、まったく造りが同じなのである(距離的にも近い)。ちなみにアジアカップの会場となった、アルガラファ・スタジアムと、アフメド・ビン=アリー・スタジアムもまた、双子のようにそっくりな競技施設であった。カタールの人々は、あまりスタジアムのデザインには頓着しないのであろうか。

 ドーハで行われる対イラク戦、しかも会場がアルアハリにそっくりとなると、ある年齢以上のサッカーファンには、不吉なことこの上ない条件がそろう。とはいえ、すでにW杯予選突破を決めている今の日本にとって、21世紀の「ドーハの悲劇」など起こりようもない。それにこの試合に臨む選手たちとて、ほとんど「歴史」としか認識しようのない20年前の出来事について、あれこれ思いをめぐらせることもないだろう。

 記者たちに「ドーハの悲劇」について尋ねられ、「自分たちは新しい歴史を作っていきたい。未来に向かっていきたい」と語ったのは香川真司である。当時4歳の未就学児だった香川にしてみれば、今さら「ドーハ、ドーハ」と質問をぶつけられても、答えに窮するばかりだろう。むしろ「新しい歴史」、「未来」という表現こそ、今の日本代表が置かれた状況に最もふさわしいように思える。

 端的に言えば、このイラク戦は2011年1月のアジアカップ以来続けてきた「アジアでの戦い」に終止符を打ち、これから「世界との戦い」という新たなミッションに挑むための節目となる試合である。「W杯予選」という視点で見れば、イラクには申し訳ないが、明らかに消化試合。それでも、4日後に開幕するコンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)を含め、これから始まる「世界との戦い」を見据えるのであれば、日本にとっては決しておろそかにはできない試合であると言える。

我慢比べを制した岡崎の決勝ゴール

 さっそく、試合を大まかに振り返ってみたい。

 この日の日本のスタメンは以下のとおり。GK川島永嗣。DFは右から酒井宏樹、伊野波雅彦、今野泰幸、長友佑都。守備的MFは細貝萌と遠藤保仁、右に岡崎慎司、左に清武弘嗣、トップ下に香川。そして1トップにはハーフナー・マイク。

 オーストラリア戦からは5人が変わったが、コンディション的な問題(本田圭佑と吉田麻也)、あるいは累積警告(長谷部誠)で出場できない選手もいたので、純粋な意味でテストの機会を与えられたのは、右サイドバックの酒井宏と1トップのハーフナーのみ。指揮官としては、このイラク戦を「テスト」と割り切ることはせず、あえて「現状でのベストメンバー」を組んできた。

 前半、風下に立った日本は、イラクの猛攻に押され気味となる。4−1−4−1システムのイラクは、1トップのユニス・マフマードにボールを収め、そこから2列目の選手にいったんボールを預け、さらに両サイドから走り込む選手にパスを供給。そこできれいに裏を突かれるシーンが再三にわたって見られた。ただし、この日は守備の要である今野の読みが冴え、また今年3月22日(ドーハでの国際親善試合・カナダ戦)以来のスタメン出場を果たした伊野波も気合いの入ったプレーを随所に見せていた。「今日こそは失点ゼロで」という守備陣の切実な意思統一もあり、前半は0−0で終了する。

 とにかくこの試合に勝利しなければならないイラクは、後半はさらにペースを上げて日本陣内に襲いかかる。対する日本は、これを跳ね返して反撃に転じたいところだが、ボランチが最終ラインまで下がってブロックするのが精いっぱい。後半の日本については、香川のこのコメントが端的に言い表している。

「後半、お互い間延びした状況で、いかにチャンスを生み出せるかという展開を予想していたけれど、なかなかギアが上がらなかった。みんな、守備のほうでいっぱいいっぱいになって、前線も後ろも嫌な(ボールの)取られ方をしていたから、それによる疲労はすごくあった」

 最後はまさに我慢比べだった。イラクは後半36分、アラー・アブドゥルが2枚目のイエローで退場。その4分後に、FWのカッラル・ジャシムを投入して2トップとし、さらに前掛かりで先制点を狙う。しかし、ここで日本は相手のお株を奪うカウンターから、岡崎がドリブルで持ち込んで並走する遠藤にパス。さらに遠藤からのリターンパスに岡崎が滑り込みながら右足でネットを揺らす。これが決勝点となった。

1/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント