驚異の勝率――全仏V8ナダル、強さの源泉とは

内田暁

全仏8度目の優勝を飾ったナダル。今年もまた、“生きている”クレーコートで強さを存分に発揮した 【Getty Images】

 テニスの全仏オープン・男子シングルス決勝が9日(現地時間)、パリのローランギャロスで行われ、ラファエル・ナダルがダビド・フェレール(ともにスペイン)にストレートで勝利し、4年連続8度目の優勝を飾った。

“生きている”コートを飼い慣らすナダル

 どんなにテレビ中継の技術が発展しても、モニターには映らないものがある。
 ひとつに、肌に触れる空気の質感。あるいは、照りつける太陽の激しさ。時に、スタジアムを吹き抜ける風の速さ――。2013年全仏オープン準決勝では、それら目に見えにくい要素がいたずらっ子のように試合にちょっかいを出し、勝負の行方に決して小さくない影響を及ぼした。大会4連覇を狙うナダルと、第1シードにしてキャリアグランドスラムに挑むノッバク・ジョコビッチ(セルビア)の戦い。今大会の、事実上の決勝戦と言って差し支えない一戦だ。

「コートがすごく乾いていて、足元が滑りすぎた」
 決して敗戦の言い訳にはしないものの、ジョコビッチはこの日のコンディションをそう嘆いた。強い日差しを浴びた赤土は、確かにナダルが好む環境だ。乾いた砂の粒子はナダルの強烈なスピンショットに深く食い込み、ボールを高く弾ませる。いつも以上に滑りやすいと言う足元も、クレーで育ったナダルは苦にしない。ジョコビッチは「水をコートにまいてほしい」とレフリーに懇願したが、ナダルは「僕はそのままの方が良い」と言った。両選手の合意が無ければ、特例とも言える試合中の放水は行われない。ジョコビッチの心に差し込んだ小さな危惧(きぐ)は、レッドクレー上を自在に滑りボールに食らいつくナダルの姿を見たとき、巨大な不安へと膨れ上がったのだろう。

 その恐れが、試合終盤のこれ以上ない重要な局面で、ジョコビッチの判断を狂わせた。両者2セットずつ取って迎えた第5セット。ジョコビッチが4−3とリードし迎えたサービスゲームの、デュースでのことだ。ナダルが辛うじて返したボールは力なく浮かび上がり、風に乗って辛うじてネットを超える。ジョコビッチにしてみれば、オープンコートに打ち込みさえすれば良い場面だ。ところが、全力でボールに突進した彼は、ボールを打ち込む勢いあまって、身体ごとネットに突っ込んでしまったのだ。テニスでは、ボールが2バウンドするより先にネットに触れると、相手のポイントになってしまう。

「99.9%、ものにできる場面だった……」
 試合後、うつろな目で言葉も途切れ途切れなジョコビッチは、そう声を振り絞るのが精いっぱいだった。この一打をきっかけにナダルはブレークバックに成功し、その8ゲーム後にも再びブレークし勝者となる。この日は風が強く、向かい風のサービスゲームでは両者ともキープに苦しんだが、ナダルはその強風を文字通りの追い風とし、最後のゲームで勝負を懸けたのだ。

 風はどの選手にとってもやっかいな要素だが、ナダルが放つスピンショットとの相性は悪くない。現に4回戦で戦った錦織も「風に乗って、ナダルのスピンがさらに嫌らしいボールになった」とこぼしていた。加えるなら、全仏のセンターコートは他のコートに比べ風が巻きやすく、ゆえにこのコートで戦ってきた経験が大きなアドバンテージとなる。
 太陽、風、そして砂――気象条件により刻一刻と性質を変えるレッドクレーは“生きている”と言われるが、王者ナダルはその生き物を、完全に飼い慣らしている。過酷なコート条件すら、全仏の申し子・ナダルには優しかった。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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