連敗した日本で吉田麻也が担う重要な役割=自信とこだわりを胸に日本の壁となれるか

元川悦子

「負けた後はブーイングでもいい」

吉田はホームでの敗戦後にブーイングがなかったことに対し、文化だがあってもいいと語った 【Getty Images】

「ホームで完封負けっていうのが、まずありえないですね」
 早々と取材陣の前に姿を現した吉田はストレートにこう言い放った。ブラジル行きが決まっていないこの時期に3−4−3のオプション作りに重要な時間を割いたザックさい配に異論も噴出しているが、彼は「3−4−3をやるっていうのは監督を含めて全員で決めたこと。とにかく4バックだろうが、3バックだろうが、同じようなタイミングで来日したヨーロッパのチームに対してこういうふがいない試合をしてはいけないと思います」と内容以上に負けという結果を重く受け止めているようだった。

 名古屋グランパスの下部組織時代から慣れ親しんだ豊田スタジアムでウズベキスタン戦に続く黒星を喫したことにも申し訳なさを口にした。その傍らで「アイドルのライブじゃないんで、さすがに負けた後はブーイングでもいい。普通、ホームで0−2と完封負けしたらブーイングは起きると思います。見る人たちの目が温かい? いや、それは文化でしょ」と苦言も呈している。すでにブラジル行きが決まっているかのような世の中の楽観ムードを制すと同時に、あえて自分たちにプレッシャーを与えたくて、吉田はそう語ったのだろう。

吉田の歯に衣着せぬ発言とその意図

 そもそもW杯予選というのは厳しいものだ。98年フランスW杯の最終予選は1試合ごとに日本中が一喜一憂するような異様な緊張感に襲われた。06年ドイツW杯最終予選でもイランに敗れた際には選手もファンも悲壮感に包まれ、10年南アフリカW杯予選でも3次予選でバーレーンに敗れ、最終予選でウズベキスタンに引き分けた時には岡田武史監督解任論も強まった。ザック体制発足後は大きなつまずきもなく、香川や内田、長友のようにビッグクラブでプレーする選手も増えたことから「もはやアジア予選突破など当たり前。選手個々のレベルはアジアを超えている」と目されていた。そんな奢りが停滞感を招いている可能性も否定できない。吉田は歯に衣着せぬ発言をすることで、チームや世間のこうした空気をいったんリセットしたかったのかもしれない。

 次なる宿敵・オーストラリアに勝つためには、そのくらいの覚悟が必要だ。実際、彼らは日本の前に幾度も立ちはだかってきた。06年ドイツW杯グループリーグ第1戦での衝撃的な逆転負け、09年6月の南ア大W杯最終予選での1−2の敗戦などは忘れがたい記憶として残っている。11年アジアカップ決勝のように勝ったゲームでも危ない場面は少なくなかった。しかも敵将のボルガー・オジェック監督はかつて浦和レッズを率い、07年アジアチャンピオンズリーグ制覇へと導いた人物。決戦の地・埼玉スタジアムのピッチコンディションなど全てを知り尽くしている。1週間以上前から来日して調整しているのを見ても、この日本戦を最重要視しているのが分かる。引き分け以上でOKの日本とはいえ、楽観は決して許されないのだ。

日本最長身に空中戦での勝利

 リスタートから3試合連続で失点しているうえ、ハイボールの競り合いに課題を抱えるザックジャパンにとって、189センチというDF陣最長身の吉田の存在は極めて重要だ。本人もヘディングの競り合いにはこれまで以上に強いこだわりを持っている。

 その大きなきっかけになったのが、約1年前のロンドン五輪3位決定戦・韓国戦だろう。徹底した蹴り込み作戦に屈した苦い経験は彼の心に火をつけた。五輪直後の12年8月のベネズエラ戦(札幌)の際にも「競り負けが即失点につながることがあるというのは痛いほど分かっている。ロングボールの出所を抑えられれば理想的だけど、前線の選手も90分走り続けることはできないから、踏ん張るところは踏ん張らないといけない。結局、自分が戦えなかったら意味がない」と自分に言い聞かせるように語っていた。

 それから1シーズンをプレミアリーグで過ごした。昨年9月22日のアストンビラ戦から31試合連続フル出場を果たし、ロビン・ファンペルシー(マンチェスター・ユナイテッド)やルイス・スアレス(リバプール)のような超一流アタッカーとも対峙してきた。「CBは絶対にヘディングで勝たなければいけないポジション。FWもそうなんで、お互いに激しさはある。プレミアはそのレベルの高さが他のリーグとは違います」と本人もコメントした通り、タフな環境で戦い抜いたことで大きな自信を手に入れた。それを遺憾なく発揮すべき時が来たのである。

 オーストラリアには194センチの長身FWジョシュア・ケネディはもちろん、1.5列目の位置から飛び込んでくるティム・ケイヒルもいる。この2人の対応は今野ら他の守備陣と連携しながら確実に遂行しなければならない。リスタート時に至っては、キャプテンのルーカス・ニール(185センチ)らもヘディング力のある選手も上がってくる。空中戦に絶対的な強さを誇る彼らをいかに封じるか……。そこが日本の生命線になるだけに、世界基準を知る吉田には最終ラインをしっかりと統率してもらわなければならないだろう。
 負傷の状態が芳しくなく、コンディションは万全とはいえないが、何としても戦い抜いてもらうしかない。最終決戦までの時間は限られているが、可能な限り回復に努め、持てる力の全てを出し切ってほしいものだ。

<了>

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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