錦織圭、全仏初戦で見せた格上の貫録=全仏オープン

内田暁

ジョコビッチとの大会前練習 数年で変化した距離

出だしに硬さも、格上のテニスで初戦を突破した錦織。次の領域へ近づいている 【写真:AP/アフロ】

 錦織圭(日清食品)が、世界に名だたるスター選手たちと練習するのも今では珍しくなくなったが、それでも、全仏オープン開幕前日に世界1位のノバック・ジョコビッチ(セルビア)と実戦さながらの打ち合いを演じた事実は、様々な意味合いを内包していた。悲願の全仏初優勝に挑むジョコビッチにしてみれば、大会直前に“遊び”を入れる余裕はないはず。錦織の練習は、世界1位をして「十分に得るものがある」と思わす質を有するのだろう。もちろん錦織にとっては、自身のテニスの仕上がりを測るまたとない場。試合形式で行われた練習では、ジョコビッチを手球に取るようなショットを決め、詰め掛けたギャラリーを沸かすシーンも幾度もあった。

 だが、世界1位相手に対等に渡り合ったかに見える練習の中で、錦織はジョコビッチの底知れぬ強さを肌身で感じ取っていた。
「やっぱり強いですね。絶対に簡単なミスはしないし、なんと言うか……壁のようです。特に、バックハンドで左右に簡単に打ち分けられる。バックでもフォアでも、どちらに撃ってくるか分からないのが、彼固有の強さだと思います」

 ある種の畏敬の念をにじませながら、錦織はジョコビッチの強さを分析する。そのどこか達観したかのような口調は、3年前の全仏2回戦でジョコビッチに完敗し「世界のトップと、100位代の選手の実力差がスコアにそのまま出た試合」とふてくされた様に吐き出した時と比べると、隔世の感すら漂っていた。今や錦織圭は世界の15位であり、2013年全仏オープンの栄えある第13シードである。今も昔もジョコビッチとの間には“差”が横たわるが、その質は、この数年の間に全く異なるものになっていたのだ。

初戦はアカデミー仲間と対戦「出だしは本当に硬かった」

 錦織がかつて、ジョコビッチと対戦し「シード選手とそれ以外の差」に打ちのめされたのだとすれば、今大会の初戦で錦織と対戦し敗れたジェシー・レビン(カナダ)は、両者の実力差をその場にいた誰よりも痛感したことだろう。
「僕もベストのプレーではなかったが、今日は圭が良すぎた。彼を褒めるしかない」
 どこかサバサバとした表情で振り返る敗者の弁が、錦織の強さを雄弁に物語る。

 だが、そうは言っても、この日の錦織はすべてが完ぺきだったわけではない。今年2月に痛めた腹筋は「痛みが全くないわけではない」という状態で、サービスは本来の出来にはほど遠かった。試合立ち上がりの動きは硬く、錦織本人も「出だしは本当に硬かったですね。足も重かった」と思わず苦笑いするほど。それどころか、対戦相手のレビンにすら「圭は、立ち上がりはかなりナーバスになっていた」と感じ取られていたほどだ。同じアカデミーに所属し、公私共に錦織を良く知るレビンは、その硬さにつけこみ思い切った攻撃に出る。錦織の甘いセカンドサービスを得意のバックで狙い撃ち、第4ゲームで先にブレークしたのもレビンだった。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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