ヤクルト小川泰弘はいかに「和製ライアン」になったか

菊田康彦

デビューから3連勝の陰に…

開幕ローテーション入りし3勝目を挙げた小川泰弘投手 【ヤクルト球団】

「新人同士の対決ということで、絶対に負けたくない気持ちはあったので、勝てて本当にうれしいです」
 4月27日の巨人戦で菅野智之との「ルーキー対決」を制した東京ヤクルトの小川泰弘は、初めて上がった本拠地・神宮球場のお立ち台で、いつものポーカーフェースをほとんど崩すことなく喜びを口にした。少年時代はファンだったという巨人に勝ち、これでデビューから3連勝。その陰には、メジャーリーグ史上最多の通算5714奪三振を誇るノーラン・ライアン(元レンジャーズほか)の「教え」があった。

 ライアンの現役時代を彷彿(ほうふつ)とさせる投球フォームで「和製ライアン」の異名を取る小川は、最近になってそのライアンの映像集を見る機会を得た。それまでも断片的には見たことがあったが、そこには若き日の姿から40代に入った後のピッチングに至るまで、数多くの映像が収録されていた。その一つ一つを見て、あらためて教えられたことがあった。
「(映像で)真っすぐ中心にドンドン押しているのを見て、自分にはライアンさんみたいな球威はありませんが、基本は真っすぐで押していくというスタイルはやっぱり変えたくないなと思いました」

小川を変えた「ライアンの本」との出会い

 小川とライアンの「出会い」は創価大3年生の2011年夏にさかのぼる。春のシーズンを不本意な成績で終えていた小川はその頃、何かを変えなければいけないと感じていた。そんな時にメジャー通算354勝のロジャー・クレメンス(元レッドソックスほか)の連続写真が載った雑誌を目にして、この大投手が「ライアンの本」を参考にしていたことを知った。

「読んでみたくなってすぐ手に入れたんです。参考にしたのはほぼ全部ですね。トレーニングとか、ピッチャーの心構えみたいなことも書いてあって。なんといっても世界一のピッチャーですから」
 それだけではない。その本、『ノーラン・ライアンのピッチャーズ・バイブル』には、ライアンの投球フォームも掲載されていた。そこにはライアンの盟友であり、共著者のトム・ハウス(元レンジャーズ投手コーチ)によるこんな解説が添えられていた。
「高く上がった足はノーラン・ライアンのトレードマークである。力を生み出す原動力となる」

 より威力のある球を投げたい――「和製ライアン」への道は、そんな思いから始まった。最初はライアンのフォームをそのまま真似(まね)し、そこからは試行錯誤を繰り返した。
「夏から始めてリーグ戦(東京新大学)までの2、3カ月である程度の形はできたのですが、以前のボールの威力というか伸びがなかったりして……」
 それまでやっていた野茂英雄(元ドジャースほか)のトルネード投法に近いフォームに戻そうかと考えたこともあった。それでも「絶対的な何かが欲しかった」と、監督やコーチのアドバイスも受けながら、ライアンの投げ方をベースに自分なりのアレンジを加えていった。
「(フォームを変えたことで)体の回転の軸が以前と違っていたりしたので、そういうのを考えながら良いところと悪いところを見つけて、良いところだけを残していくという感じでやっていきました」

 ライアンばりに左足を高く上げてから、テークバックでグッとタメを作る現在のようなフォームが出来上がったのは、大学4年生になってから。その頃には、ドラフト候補の「和製ライアン」としてスポーツ紙などにも取り上げられるようになっていた。そして昨秋のドラフト2位でヤクルトに入団。担当した斉藤宜之スカウトは獲得の決め手をこう話す。
「一番は気持ちの強さですね。それとあの独特のフォームです。球の出どころが見づらいですから。ボールにも力があって、高めにいってもファウルになったり空振りを取れたりするんです」

努力の末に体得した「ライアン投法」

 今や小川の代名詞ともなった独特の投球フォーム。それを支えているのは強靭(きょうじん)な下半身と体の柔らかさだというのは、ヤクルトの菊地大祐コンディショニングコーディネーターだ。
「大学の時に走り込みとかウエートも含め、下半身のトレーニングをかなりやっていたということで、実際に1月の合同自主トレで見ても結構しっかりしてたんですよ。それと柔軟性ですね。脚を広げてベタッと座れるぐらいなので、体は小さい(身長171センチ)ですが可動域も大きく、しっかり強く投げられるんです。強さと柔らかさがないとできないフォームだと思います。ただ、体はもともと硬かったというので、本当にコツコツと努力を続けてここまできたんだなっていう感じがありますね」

「ライアンの教え」を胸に臨んだ27日の巨人戦。小川とバッテリーを組んだのは、開幕直前に千葉ロッテから移籍してきたばかりの田中雅彦だった。田中は「基本は真っすぐで」という小川の思いに応えるように、序盤から直球を軸に配球を組み立てた。4番の阿部慎之助に対して第1打席はフルカウントから外角いっぱいのストレートで見逃し三振、第2打席もカットボールで追い込むと、最後は真ん中高めのストレートで空を切らせた。変化球が多くなった前回登板の反省から「(捕手のサインにも)首を振るところは振って、しっかり自分の納得する投球にしたい」と話していた小川だったが、この日、田中のサインに首を振ったのは1度きりだった。

 4月中に3勝を挙げるのは、ヤクルトの新人では44年ぶりの快挙。それでも小川には浮かれる様子はみじんも見られない。彼に言わせれば、代名詞にもなっている「ライアン投法」もまだ完成したわけではないのだという。
「まだどんどん変えていってるので、未完成の部分もあります」
 この先、どこまで進化していくのか。無限の可能性を秘めた22歳のルーキー、小川泰弘のプロ野球人生は、まだ始まったばかりだ。

<了>
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著者プロフィール

静岡県出身。地方公務員、英会話講師などを経てライターに。メジャーリーグに精通し、2004〜08年はスカパー!MLB中継、16〜17年はスポナビライブMLBに出演。30年を超えるスワローズ・ウォッチャーでもある。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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