宇佐美が語る競技人生とバレー界への提言=北京五輪代表セッターが引退

米虫紀子

今が人生の切り替えのタイミング

30歳を過ぎてセッターの楽しさが分かってきたという宇佐美。司令塔として常にチームを引っ張ってきた 【坂本清】

――昨年のロンドン五輪の世界最終予選に臨む前から、もう今季限りで引退することを決めていたのですか?

 そうですね。ロンドン後の代表や4年後というのは考えられなかったです。1年1年頑張っていくという考えもあったかもしれませんが、1年を通してVリーグと代表をやれるだけの体の状態ではないと思いましたし、頑張る気力も続かないだろうと。そう考えると、自分の人生の切り替えのタイミングとしては、今が一番良いのではないかと思って決めました。

――最後の挑戦と決めていた昨年のロンドン五輪世界最終予選で、五輪に届かなかった時の心境というのは……?

 終わったな……という感じでした。五輪に行けなかったのはすごく悔しかったのですが、なんと言うか、やるべきことができずに負けた、という感覚ではなかったです。まあ、あの中国戦はすごく悔しかったですけど。

――第4戦の中国戦は公式練習中に相手スパイクが目に直撃するアクシデントがあり、試合に出場できませんでしたね。

 はい。北京五輪後の4年間は、最終的に五輪には行けなかったですけど、チームとしては今いるベストメンバーを組めていたと思う。ただ、1つ心残りは、ロンドン五輪の年に、阿部(裕太)と越川(優/ともにサントリーサンバーズ)の状態があまり良くなかったというか、一緒に(世界最終予選に)行けなかったのは、すごく残念でした。今季のリーグを見ていても、今の状態の越川であれば……と思ってしまいます。だから、リオデジャネイロ五輪までの4年間は、うちの清水(邦広)、福澤(達哉)、永野(健)もですけど、やっぱり阿部と越川には頑張ってほしいと思います。

――同じセッターとして、阿部選手への信頼は特別なものがありますか?

 ずっと僕と阿部は2人で、良い時も悪い時も、どちらかがダメだったらもう1人が頑張って、という形でやってきた。阿部は人のために頑張れるタイプです。中国戦のようなアクシデントがあった時に、人一倍気持ちを出してやる選手だったし、僕と同じだけ代表での経験もありますから、あの時は、阿部がいてくれたらなとベンチから見ながらずっと思っていました。あいつは、口ではあまり感情的なことは言わずに、さらっとしたことばかり言うんですけど、(世界最終予選のメンバーから)落とされた時には、すごく悔しがっていました。こんなことならもっと頑張れば良かったって。それは今後に生かされると思うので、だからこそここからの4年間は頑張ってほしいです。

30歳を過ぎていろいろなものが見えてきた

――以前、30歳を過ぎてからセッターの楽しさが分かってきたと話していましたね。

 そうですね。30歳を過ぎてやっと(笑)。以前、ジュニアの監督をされていた下村英二さんに、「セッターは30からが楽しいんやぞ」と言われていたんですけど、「何が楽しいねん」と思ってた(苦笑)。でも、本当に30歳を過ぎて、いろんなものが見えるようになってくると、「セッターって楽しいものだな」と。30歳手前で辞めていくセッターもいますが、そこは粘って、成長しながら続けてほしいなと思います。

――見えるようになったものというのは何ですか?

 この選手は25点目を決められる選手だなとか。アタッカーの表情や、相手ブロッカーもよく見るようになりました。ずっとアタッカーの顔を見ていると、いつもとちょっと違うところがあると気づいて、今こういう感じなのかな? とか、ちょっとダメそうだなとか、感じられるようになる。いろんなことを予測できるようになったという面もあると思います。

 あと、セッターができる仕事というものを、割り切れたということもあるんじゃないでしょうか。セッターはトスを上げるまでしかできない。だから「なんで決めないんだよ」というような感情はなくなりましたね。腹をくくれたというか、ここに上げて決まらなかったらしょうがない。次を考えようと思えるようになってきてから、楽しく感じられるようになったと思います。

清水や福澤には気づきや技術を磨いてほしい

――「パナソニックに移籍して、もう1度バレーを楽しむことができた」というのは?

 特に南部(正司)さんが監督になってからは、チームの中の勝ちたいという意識が強くなりました。やっぱりそういう中でやるのは楽しかったです。厳しさの中で、結果を残そうという努力をみんなしていたので。それに、福澤、清水、永野といった若手の存在も大きかったですね。

――彼らを育てなければ、という思いもありましたか?

 いや、育てようというのはなかったですね。若手というか、今はもう中堅ですけど、彼ら3人はチームの中心となってやってくれていて、もっとチームをこうしたいとか、自分がこうなりたいという欲求が見えていたので、すごく刺激になりました。だから、その要求に応えてやりたいな、打ちたいと思っているトスを上げてあげたいな、という思いでやっていました。

――福澤選手、清水選手には、彼らが大学生の頃からトスを上げてきましたが、今後、2人に期待することは?

 細かいプレーですね。スパイクにしても、レシーブにしても。例えば、ブラジル代表なら、ブロックに止められると思った時に、そこからの変化をつけられる選手がいっぱいいますが、清水や福澤は、まだ足りないのかなと思います。危ないなと思った時に、自分のコートにもう1回ボールを戻したり、ブロックに当てて出したり、そういう気づきや技術を磨いて、トスの状態が悪い時に思い切り打ちに行っちゃうという部分を減らしてほしいなと思います。「行ったれ!」という気持ちはすごく良いのですが、その勢いだけではなくて、ちょっと変化をつけてほしいなと。本人も気づいていることだと思うんですけどね。特に福澤は、今シーズン意識していたと思います。ただ強く打つだけじゃなくて、相手のセッターとオポジットの前に落としてみたり、いろいろやっているので、幅が広くなるんじゃないかなと期待しています。

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著者プロフィール

大阪府生まれ。大学卒業後、広告会社にコピーライターとして勤務したのち、フリーのライターに。野球、バレーボールを中心に取材を続ける。『Number』(文藝春秋)、『月刊バレーボール』(日本文化出版)、『プロ野球ai』(日刊スポーツ出版社)、『バボちゃんネット』などに執筆。著書に『ブラジルバレーを最強にした「人」と「システム」』(東邦出版)。

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