スピードスケート加藤、ソチ五輪で勝算あり=金メダル獲得、世界記録奪還へ進化の途中

高野祐太

世界スプリント優勝、距離別選手権で2位

群雄割拠の時代を勝ち抜くため、加藤はピーキング戦略にこだわる。その成果もあって、世界スプリント、世界距離別選手権では好成績を収めた 【Getty Images】

 決まれば3回目の五輪出場となる来年2月のソチ大会(ロシア)で念願の金メダル獲得を目指すスピードスケート男子の加藤条治(日本電産サンキョー)が、プレシーズンに上々の流れをつかんだ。

 1月末の世界スプリント選手権(米国・ソルトレークシティー)の500メートルでは、当時の世界記録34秒30を出した2005年11月以来、7シーズンぶりの自己記録更新となる34秒21の日本記録で優勝を果たした。“世界最速”と言われるソルトレークシティーのリンクは氷の状態が万全ではないようで、その点を勘案するとタイム差以上の実力を上げたとも評価できる数字をたたき出した。

 また、3月24日までソチ五輪の会場で行われた世界距離別選手権の500メートルでは、合計1分9秒82(1回目34秒92の2位、2回目34秒90の3位)で2位。2連覇したバンクーバー五輪金メダルのモ・テボム(韓国)とわずか100分の6秒差だったという点で、こちらも展望の開ける結果だった。

 世界記録保持者として乗り込んだ初出場の06年トリノ五輪は6位、10年バンクーバー五輪はコーナーでのミスもあって銅メダルにとどまった。ソチ五輪が来年に迫った今、加藤の念頭にあるのは五輪の金メダル、そして世界記録の奪還を果たすことだ。

 だからといって、悔しさを晴らさなくては、という気持ちではない。加藤の意識の中に「リベンジ」の文字はなく、過去は過去と割り切っているのだという。余計な感情を引きずるのではなく、「金メダルだけを見据えている」(日本電産サンキョーの高村洋平コーチ)心境なのだ。こうした静かなる闘志は、冷静な情勢分析と打開策への集中力を呼び込む。

群雄割拠の時代を勝つためのピーキング

 バンクーバー五輪以降、男子500メートルは群雄割拠の時代に入っている。韓国勢の勢力拡大に加え、今季のW杯で種目別優勝したヤン・スメーケンスをはじめとするオランダ勢の台頭などがあり、世界の勢力図は混沌(こんとん)としている。コンマ1、2秒の間に10人もの強豪がひしめき合う状況になっているのだ。

 勝ち抜くために何が必要か。加藤が着目したのは、ターゲットに据えたレースで最大限のパフォーマンスを発揮するためのピーキングの問題だった。バンクーバー五輪以降、これを重要なテーマにしている。高村コーチは「狙った大会にピークを合わせないと勝てないことを誰よりも知っていますし、群雄割拠の時代に勝つことにこだわっている感じです」と話す。

 具体的に取り組んでいるのは、ターゲットレースの準備段階でどれだけ身体に負荷を掛けるか、トレーニングの追い込み方の最適な解を探すことだ。1シーズンの流れの中で、この時点でこういう練習をすると、どういう結果になるというように、さまざまなパターンを試している。例えば、大会前のある時期に徹底的に追い込んで、次の時点で追い込みをやめて調整に切り替えるというようなトレーニングのスケジュール管理である。

 昨季の後半には、追い込み方が足りないという現象を経験した。筋力強化が進んだことで、これまでと同じ負荷では十分な疲労が得られなくなり、もっと強度がなければ身体の状態を全開に上げられないという現象だった。周囲には「同じことをやっても、今までは10のところまで来ていたのに、8くらいのところで止まっている感じがする」と打ち明けている。
 逆に、昨年12月のW杯長野大会では「追い込みすぎだった。あと1日あれば回復した」と語っていた。

 こうして試行錯誤は続くのだが、今季は高速リンクで記録が狙える世界スプリント選手権やソチ五輪と同じ舞台の世界距離別選手権などに照準を合わせており、それらのレースでほぼ目標通りの結果を出すことができた。ピーキングの観点からも成功したと言っていい。手応えをつかみつつある証拠だろう。世界スプリント選手権の滑りを見ていたある関係者は「自分の中で何かをつかみ、大崩れすることはなくなるのではないか」との印象を受けたという。

日本のエースはまだまだ伸びる

「接近した世界との争いを勝ち抜くために、多少のミスならカバーできるくらいの体の切れというものを求めているのでしょう」
 山形中央高時代の恩師である椿央(ひろし)監督が、ピーキング戦略によって描こうとしている加藤のスプリンター像を推し量る。
 この像をより明確に具現化できれば、金メダルと世界新という2つの目標に一歩近づけるはず。

 あとは、日本人が500メートルで戦うための必要条件と言えるスタートから100メートルまでのタイムをさらに向上させ、本来得意であるコーナーワークの自信を完全に取り戻すことが求められる。その意味でも日本新を出した世界スプリント選手権は足掛かりとなるレースとなった。100メートルが9秒47、後半の400メートルが24秒74でいずれもトップタイムだった。高村コーチは「力みすぎず、ミスが少なかった」と要因を分析している。

 着氷した瞬間に氷から情報を得られる、手の平のような足の裏の感覚を持つ天性のスプリンター。28歳の日本のエースはまだまだ伸びる。椿監督は「目標達成のためには、100メートルで9秒4台の頭が欲しい。コーナーワークも入り口でうまくバンク(体の傾き)を作るきっかけをつかめれば、もう1つ上(のレベル)に行ける」とエールを送り、高村コーチは「スケーティングは進化の途中にある」と期待を寄せた。

<了>
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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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